ドス黒く輝かしい幼女達の軌跡
豚貴族は酒で口を湿らせ、国家転覆でも計画していそうな顔で口を開く。
「そもそもの話だ。キサマの義兄、クリフォード セイレーンのガキが、ワシの館からテレサを攫ったのが始まりじゃな」
「ですがそれは……」
「あぁ……それはあの小娘が化けた【偽テレサ】だった」
「……あの、私は直接見ていないのですが。本当にテレサと間違えるほどの変装だったのですか?」
豚貴族はわずかに目を細めて、ぶっとい人差し指を白髪ママの頭へとさした。
「その白髪だ。キサマらの珍しい白髪は目立つ……同じくらいのガキが髪色を似せるだけで、よく知らぬ者は本人だと誤認するだろう」
「……なるほど。確かにそうかもしれません」
「ワシもテレサの顔を正確に覚えているかと聞かれたら、少し怪しいしな……。映像でしか見たことのないヤツからしたら余計だ」
「……」
仮にも孫娘の顔をよく覚えていなかったという言葉に、少しイラっときたメイルンだが、よくよく考えればあの時点で関わりなどほとんど無かったので仕方ないと納得する。
「それを踏まえて断言する……あれは『テレサ』だった。白髪のウィッグを付けただけの変装とは違う……正真正銘……化けていたのだ」
「まさか。異能ですか? しかし、一瞬で変装できるだけの能力など……」
豚貴族は顎に手を当てて、思考を巡らせる。
「別人に成り代わる術を操る存在は……いる。裏の世界なら魔法を用いて、体の大きささえ誤認させる存在がいるらしい……しかし、それは少なくとも変装に時間を用するはずだ。だが小娘は調査員が部屋に押し入る一瞬で化けた」
そこまで言って豚貴族は鼻で息を吐いて、くだらないとばかりに首を振った。
「やめだ……この話をしていても気味が悪くなるだけだわい……あれは妖怪の類に違いない」
気を取り直して豚貴族は続ける。
「とにかく、アヤツらはワシの目論見通り遊園地で合流した」
「ええ、それは間違いないでしょう」
「そしてワシらはセイレーンのガキを誘拐の罪で逮捕させた……」
白髪ママは頷く。自分のやったことなのだからよく覚えている。テレサを守る為、いや自分たち親子の為に義兄を罠に嵌めたのだ。
「そして、ガキ共は遊園地から姿を消した」
「いや何故ッ!?」
白髪ママは知っていることだが、イキナリの行方不明に居酒屋のテーブルで頭を抱える。
「ワシらは捜索を広げたが、テレサ達は見つからんかった……」
豚貴族は『予想はしていたがな……』という言葉を飲み込む。
「どうしてなの!? テレサ! テレサァァアア!!」
「静かにせんか……防音だから問題はないが。まぁこの時点で普通の子供だったら見つかる可能性は高かったのだろうがな。いや、そもそも普通のガキだったら遊園地から消えんか……」
豚貴族は目頭を押さえる。
「何故あの子達は警察に行って保護して貰わなかったの!?」
「はぁっ! キサマは脳みそは娘以下だな」
警察に保護して貰えば話は早かったというメイルンの嘆きに、豚貴族は見下すような呆れた視線を向ける。
その視線にメイルンは、イラついたように睨み返した。
「警察に保護だと? それを本気で言っているのならキサマは娘より生存能力が低いわ。そんな物、ワシが小娘共でもせんぞ……よく考えろ……小娘共はセイレーンのガキが失脚したことを知らぬのだぞ」
「……あ」
ようやくメイルンは豚貴族の言いたいことが分かった。そうだ、高位貴族相手に警察など信用出来る存在ではない。
だから娘達は警察に保護されずに姿を消して潜伏したのだ。
メイルンはシュンと肩を落として縮こまった。
普段だったら考えつきそうな物だが、どうも彼女は娘のことになると視野が狭くなりがちだ。
「そして足取りは消え……次にヤツらの現れた場所は……何故か遠く離れたクロックシティー」
「何故!? 潜伏して隠れたのならともかく何故!?」
「しかもマフィアが掛けた賞金首……」
「本当になんで!?」
幼女二人……まさかの大移動である。
「なにがどうしたらクロックシティーまで移動するの!?」
遊園地のある領地からクロックシティーまでは、とんでもなく離れている。
豚貴族は顎に手を当て、幼女達の行動をシミュレートする。
「……おそらく、帰る為に移動した。しかし、近くの空港を利用すると貴族に見つかると踏んだ。だからワシらの網にも引っ掛からなかったのだな。ふん、やりおる……見上げた行動力だ」
豚貴族は首を振る。そして興味深そうにブツブツと呟く。どうやら他人の思考や動きをシミュレートするのは割と好きらしい。
「いやまて、王都に行こうとしたな。近くの空港ではワシの領地までの便がない……それを知ったからか? そもそもヤツらはワシの領地を知らないはず……どうやって知った?」
普段もこうやって他人の動きを考え、結果悪い事をしているのだなぁ……とメイルンは引き気味になる。
「どうやって子供だけでクロックシティーに行けるというのですか……」
「もともと小娘はワシの飛行船に密航していたぞ……アヤツなら可能だろう。そして姿も消す。テレサと一緒というのが気になるがな……」
そこで豚貴族は思考を一旦途切れさせる。
「まぁいい次だ。クロックシティーでヤツらはマフィアの娘、エルテ バイラールに捕まる。このクロックシティー独自の『勢力』と呼ばれる組織。バイラールファミリーだな」
「……」
「急に無表情になるのはやめろ……既にヤツらは逃げ出した後だ。最初にワシらが見つけた映像はここだな。その際、小娘共は天然コアを盗んだらしい。それで賞金首になったのだな」
「……その後の足取りは、やはり遊園地の後と一緒で途切れていますね」
「うむ、だが面白い情報があってな……」
豚貴族はモニターを一つ浮かべてニヤリと笑う。意外とこういった考察が似合うゲスである。
「同じオクトー区域にある人のいなくなったゴーストタウン。そこの記事だ」
「……『突然現れた特殊ダンジョン ドリームランド』?」
「元は悪霊が出ると噂の曰く付きの場所らしいぞ」
「そのドリームランドがテレサ達と関係あるのですか?」
「ふ、ワシの考えが正しければ、このドリームランドは小娘共が関係する」
「まさか!?」
「はは、なんでもパイプ端末と連動する変わったダンジョンらしくてな。云く中で怪我をしても、外に出れば怪我が治る。正式な手順を取らねば手に入れたお宝が消えるなど、常識から離れたダンジョンらしい。現実ではなく夢ではないかとな」
「……」
「あの小娘らしく不気味で意味が分からんだろ。そんな常識外れのダンジョン ドリームランド。もしかしたら天然コアで作ったのではないか?」
白髪ママは記事を斜め読みして、軽く目を瞑ると首を横に振った。
「…………違うと……思います」
「なに?」
「何となくですが、あの子達が天然コアで作った人工ダンジョンだとして、どうも違和感があります」
「ふむ……何故そう思う?」
「徘徊獣ジャック……フィールド型の空間歪曲。パイプ端末を用いた『いんふぉめ〜しょん』」
記事の内容をツラツラと読み上げる白髪ママの顔に微妙な表情が浮かんだ。
「果たして天然コアを用いて、これを実現するのにはどれだけのエネルギーと計算が必要になるのか。少なくとも出来たばかりの人工ダンジョンが出来ることですかね?」
「……ふむ、キサマがそう言うのであれば……そうなのだろう」
そこまで言って豚貴族は、予想が外れたのが不満だったのか微妙な顔をする。そして……。
「チッ……やはり小娘の方か。とことん不気味な小娘だ」
忌々しい顔で舌打ちをした。
「どういうことです?」
「キサマの言う通りなのだろう……ドリームランドは天然コアを使った人工ダンジョンではなかった。それはいい……だが、ワシはそのドリームランドとガキ共が無関係とは思えん」
そう言って、豚貴族は白髪ママの見ている記事の一つを指差す。
「ある日、ドリームランドは突然消失した。その際に、子供の声で閉鎖するアナウンスが流れている」
「まさか、本当にテレサ達が?」
「そしてこの街の勢力……教会の『祈りの巫女』が暴れて、ドリームランドは無くなった。その後、教会は『小悪魔』を教会の敵と認識した……やはりドリームランドの主はあの二人だ。この時点で教会とテレサ達に因縁が出来たのだろう」
「何してるのあの子達!? じゃあドリームランドは本当にテレサ達が作ったダンジョン……」
「そうだ。そしてお前の言う通り天然コアでないのなら。あの小娘がやったことになる……なんだあのガキ、何でもありか……」
「……」
あの長髪の幼女が普通ではなく、この世の理から外れた存在なのは分かっていたが、ここまでくると理解が追いつかない。
「この時点で、ガキ共はこの街の勢力二つを敵に回したことになる……そして次が問題だ……」
「……この街の最大勢力……町長の事件ですね」
豚貴族と白髪ママがこの街に来て、即座に起こったクロックシティーを揺るがす大事件。
町長による亡霊デュラハンの自白……。
町長派と呼ばれるクロックシティー最大勢力の頂点を誰もが分かる形で引き摺り下ろしたのだ。
「……」
「……」
二人は居酒屋のテーブルで頭を抱えて無言になる。
「……何をしでかしておるのだ……アヤツらは……」
「……テレサがあんなに悪そうに笑うなんて……」
いや、分かってはいるのだ……。幼女達のやった事は自分の身を守っただけではあると……。
「……ふ……新勢力『小悪魔』だそうだ……」
「……街を一つ支配してしまえるのが『勢力』だそうですよ……」
「……良かったな……お前の娘は大物だぞ……」
「良くないですよ!! なんですか小悪魔って! 何がどうなったら子供が勢力なんて立場になるんですか!」
「ワシが知るか!! ガキ共に聞け!」
防音の個室でギャンギャン騒ぐ二人は息を切らして言い合う。
分かっている。やった事は分かるし、勢力になるのも分かる。
でも、理解ができない……なぜ、こうなったのかが理解を拒む。
「はぁはぁ……とにかく、足取りはここで完全に途切れた……またお得意の身隠だな」
「分かってはいましたが、まったく痕跡を残しませんね……あの子達……」
ここから追えなくなった。クロックシティー大移動の件もあって次に何処から現れるか予想がつかない。下手したら次は王都とか言われても不思議ではない……。
豚貴族はグラスに残った酒を飲み干し、葉巻に火をつける。
「まぁ、キサマもあまり気にするな……真面目に考えるだけ馬鹿だぞ」
「……」
諦めたような豚貴族の言葉に、白髪ママは恨めしそうな顔をする。
「本当に私達はあの子達の為に最善を尽くしているのでしょうか?」
疑問が浮かぶ。
今やっている事は本当にテレサに繋がる事なのか?
しかし、豚貴族は鼻で笑って、彼女の言葉を否定した。
「はっ、最善かだと? そんなワケなかろう」
「なっ! アナタは!」
「馬鹿者が!? ワシは最初から言っておる! 最善は『館で帰りを待つ事』だ!」
「……え?」
「何度も何度も同じ事言わせよって! アヤツらは放っておけば帰ってくるのだ! 本来ワシらは待っているだけでいい!」
「……そんな事は……」
「ある! それでもキサマが納得せんから、わざわざこんなマネをしておるのだ」
豚貴族はメイルンほど、あの二人の子供を舐めていない。あの二人は、こと生き残るという点において、メイルンが思うほど弱くはないのだ。
豚貴族は正直、捜索にやる気がない。
いや、やる事はやって見つからないだろうという確信があった。
縁がないという予感だ、普通に探しても見つからないという、巨悪を背負ってきたが故の経験則。
だが、それでもメイルンは親として動かざるをえないのも分かっている。
だからこその折衷案として豚貴族は動いているのだ。
重ならぬ縁を強引に手繰り寄せ、あの二人と合流するために……。
「普通に探して見つからない物を、普通に探してどうなる……キサマには分からんだろうが、おそらく小娘達と合流するならこう言った普通とはかけ離れた方法だ」
「……本当に、これがテレサ達に近づいているのですね?」
「キサマの思う普通の捜索よりはな……」
「……分かりました。しかし、少しでもあの子達に手助けする方法はないですか?」
「は、手助けだと? そんな物ないわ……馬鹿は機嫌取りの肩叩きでもしてろ」
「……」
「肩だ! 首を狙うな!」
豚貴族は立ち上がり、会計を済ませる。
「そろそろ行くぞ」
「本当に、こんな事でテレサに会えるのかしら……」
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「アヒャヒャ! 苦しゅうないッスよ!」
巨大なピンク色の飛行船……。
メガロ級護送艦 ガヘラーバブル
その護送艦の一室。
下手な一軒家より広いルーム。
複雑な模様で一級品の手触りの絨毯。
何の意味があるのか分からない室内に設置された噴水。
子供には大きすぎるリクライニングソファー。
これでもかと豪華な部屋で、長髪の幼女が上機嫌に高笑いする……。
「メイドさーん! 飲み物持ってきてー!」
「は、はい〜、ただいま!」
「うひゃひゃ! たまんねぇなぁおい!」
長髪幼女は、豪華な部屋がご満悦なのか調子にのって部屋付きのメイドさんに追加のジュースを強請る。
だがメイドさんは嫌な顔をせずに、飲み物を取りに隣の部屋へと向かった。
「うひゃひゃ! なんて豪華な部屋なんざんしょ! どーも私、上流階級です!」
そして、メイドさんが部屋から消え、少しすると……。
「…………」
笑い顔のまま、長髪幼女はピタリと動きを止めた……。
そしてスゥ……と表情を消す。
「………………マジぃな」
目を細め、部屋の入り口を睨みつける。
「幼女ちゃんと引き離された……」




