書き換え戦争
『はっは、取り囲んだ全部の場所から魔物を送り込んでやりなよ』
ピンク船長が両手を叩きながら、モニターに映るキーポイントの映像を囃し立てる。
総攻撃……接面する領地全部を一斉に攻め込む力技。
そのモニターの数は数十にも及ぶ……。
しかし雪崩れ込むモンスターの光景に、元ダン長の二人は汗を掻きながらも笑った。
「オホホ……洗練さのカケラもない戦法ですわね……」
「キシシ……ですが。願ったりですよ」
圧倒的なエネルギー差による押し潰し……。恐ろしい程の光景だが……モンスターの動きやエネルギー移動に精彩を欠いていた。
「ええ、研鑽が足りませんわ」
攻めきれない……。
侵入口を増やしたせいで、向こうのピンク制服の処理が追いついていないのだ。
先代と比べるから見劣りしているように見えるが、仮にもダンジョンの長を張っていた元ダン長の腕前は『並』ではない……。
ちゃんと優秀だ。
他の幹部達はみんな分かっていた。
だから先代が選んだであろう二人が、ダン長になる事に不満がなかった。
優秀だった先代の後を引き継げるのは、あの二人以外いないと思っていた。
本人達以外……。
幹部達は知っていたのだ。
この二人は……ダン長の『器』であると。
素人とはいえ数十人の処理を、たった二人でこなす人物が普通であるはずがない。
「キシシ、無駄が多過ぎますね」
「ダンジョンの縄張り争いとは、エネルギーの総量だけで決まるものではありませんわ」
「そして……考えなしの侵攻はエネルギーを膨大に消費します……」
「いつか、エネルギーは尽きますわ」
元ダン長の二人が狙うのは……向こうのエネルギー切れ。その時が勝負の終わりだ。
それに対してピンク船長が狙うのは……力による押し潰し。
だが、決着はピンク船長の押し潰しより、もっと現実的な結果になるだろう。
負けるという意味ではなく、あるとすれば元ダン長の精神力切れだ……。
そもそも、数十人が行っている処理を、たった二人で行うのは無理があるのだ。
今もなお、二人の脳はフル回転で動き、常に手を動かし、戦況を見極め、ギリギリの拮抗を生んでいる。
負担は尋常ではない。
「キシシ」
「オホホ」
だが、二人は笑う。
何時間でも耐え切ってやろう。
何十時間でも凌いでやろう。
『はっは、頑張るじゃないか! でもいい加減諦めてくれよ』
モニターに映る映像を見ながら、ピンク船長は余裕に笑う。
更にエネルギーを送り込む。採算度外視で注ぎ込む。
ダンジョンの戦争は熾烈を極めていた。
そんなダンジョンの行く末を決める戦いの裏で……。
『そらそら、もっと強い魔物をジャンジャン送り込め!』
【二人の幼女が、エネルギーの枯渇した暗い通路を歩く】
【厳重にロックされている通路を歩く……そして硬く閉ざされた扉の前で、一人が指を鳴らすと、ズンッと旗が地面に刺さった。もう一人が指を鳴らすと、旗がひっくり返り、閉ざされた扉がゆっくりと開く……】
【二人の小悪魔がニィイイ……っと笑った】
「地形変更、フィールド展開!」
キツネ顔が叫べば、戦争中のフィールドに水が流れてモンスターの足を絡め取る。
「キャプテン、魔物が侵攻できません!」
「あー、水に強い魔物を追加で送り込みな。エネルギーなんて気にせずにな」
「了解です」
【本来なら立ち入り禁止の暗い通路を幼女が走る】
【鍵のかかった扉に手をかざせば、光る時計が現れ二人をニュンと吸い込み、向こう側へと通り抜ける】
「あーもう、防衛されちゃったじゃねぇか。もっと魔物を送り込め!」
「了解です」
【二人の幼女がたどり着いた場所は、暗く灯の落ちたドーム型の広場。元はキーポイントであるその場所。その中央にある玉に白髪幼女が触れる……】
【守るもののいないソレは、白髪幼女の手により……怪しく黒い光を灯した……】
【二人はその光景に満足気に口を歪めると、次の場所へと移動を始める……】
フン……セッ……フン……セッ……
「……? キャプテン。外周部が一ヶ所が消灯してますけど、どうします?」
「ああ? エネルギーを吸い上げたからな。不具合でてるんだろ。気にしなくていいわ」
なるほど、勢力マップで見る外周部は、無理な運用でチカチカと、切れかけの灯のように点滅を繰り返している。
一ヶ所消灯したままでも気にすることはないだろう。
【別の場所で、動かないはずの球体転車が到着する。その球体転車から出てきた二人組は、立ち入り禁止の場所へと進んだ】
【キーポイントを黒く染める……】
フン……セッ……フン……セッ……フン……セッ……
【キーポイントを黒く染める……そして次の場所へ……】
フン……セッ……フン……セッ……フン……セッ……
【キーポイントを黒く染める……】
【キーポイントを黒く染める……】
【全部じゃなくていい……外周部の主要な場所だけ乗っ取ればいい。何故ならキーポイントは繋がっているから……】
ピンク制服が、勢力マップモニターを見て首を捻る。
「…………キャプテン」
わずかな違和感を報告するために声をかけるが。
「はっは、いいぞ! 一ヶ所制圧した。取り戻されないように強い魔物を設置しろ!」
キャプテンはお楽しみのようだ。
【キーポイントを黒く染める……】
「…………キャプテン?」
「だぁー! 何やってんだよ。取り戻されちゃってんじゃねえか!」
【キーポイントを黒く染める……】
【キーポイントを黒く染める……】
【黒く染める……】
「ッ! キャプテン!!」
「本当に粘るなあ! でもこっちはエネルギーなんていくらでもあるんだよ」
【染める……】
【染める……】
「キャプテン!! キャプテン!!」
【染める……】【染める……】【染める……】【染める……】
【やがて、最後のキーポイントに繋がる扉が……プシュッと一人でに開かれる】
【キーポイントに繋がる扉が一直線に次々と開かれる】
【まるで……新たな主人を自ら迎え入れるように……】
「キャプテン!! 聞いてください!! キャプテン!」
【一直線に開かれた最後の扉……それが開かれた先で……】
小悪魔が……笑った……。
「キャプテン!!」
「うるさいな! なんだよさっきから!」
執拗なピンク制服の呼びかけに、ピンク船長が振り返る。そしてようやく、汗を大量に流すピンク制服は目の前の巨大勢力マップを視界に入れた。
「いったい何だってん………………は?」
ビビビビビビビビビビビビビビビビッ!!
「……え?」
自陣を表す緑の区画……それが赤く染まっていく。
「なん……は?」
外周部から渦を巻くように、不気味に塗り替えられていく。
それは……侵略され、自分のダンジョンが奪われていることを示していた。
「なんだコレは!! 何が起きている!!」
そんなピンク船長の絶叫に、ピンク制服達は誰も答えられない。
何故なら誰にも分からないから……。
ビビビビビビビビ!!
目の前で見る見るうちに塗り替えられる勢力マップ。
見ているだけしか出来ない状況にピンク船長は呆然としていた。
――――……クス。
ピンク船長はグルリと振り返り、手のひらを伸ばす。
「ッグッ!!」
「クイックくぅ〜ん……お前、なんかやったろ」
後ろに立っていた若造の首を持ち、壁に押しつける。
そして顔面を近づけると、ブチ切れ寸前の瞳で睨みつけていた。
「ゴボッ……なにも……やってませんよブリガンド様」
「嘘ついてんじゃねえぞガキがぁ!! テメェ今、笑ってたろうが!! 何かやったんだろうがよぉオ!!」
「ふふ、嘘なんてついていませんよ。『私は』何もしていません……」
「……」
「やったのはアナタですよ……ブリガンド殿」
「俺が何したって言ってんだよ! 答えてみろコラァ!!」
ビビビビビビビビ!!
夢にまで出てきそうな勢力マップを塗り替えられる異常音。不気味なその音にブリガンドは汗をかく。……前回の失敗を思い出す。
「空帝候補……輝かしく素晴らしい功績ですね」
「……」
「ですが……たかが空帝『候補』止まりが……『勢力』そのものに喧嘩を売って……無事で済むと思っているのですか?」
「……お前……何を言って……」
「貴方はもう終わりなんですよ……そして、利用した私もね……」
ズゥン……と司令室の明かりがダウンする。
それは侵略者がこの場の制御権を奪い取った事を意味していた。
中央にエネルギーを回し過ぎたのだ……。
この司令室のエネルギーも、システムを動かす最低限を除いて中央に送り込んでいた……。
そんな状態で、外周部を全部手に入れた侵略者の侵攻を止めることなど不可能だ。
そして、この区画には『大株玉』が設置されているのだ。
「も、戻せ!! エネルギーをこの場所に戻すんだ!」
「無理ですキャプテン! エネルギーの移動に時間が掛かります……それに……制御を受け付けません」
ドクンと心臓が跳ねる……。
俺が……誰に喧嘩を売ったって?
この若造は何と言った?
「そら……来ましたよ。貴方が敵に回した『勢力』そのものです……」
…………ャ……ヒャ……アヒャヒャ!
ドクンドクンと早鐘を打つ心臓を煩く思いながら、ピンク船長はゆっくりと、若造の視線を追う。
視線の先は、司令室にあるガラス張りの向こう側。
ドームに安置されている大株玉の方だ。
今は明かりが落ち、非常用の不気味な赤い光が大株玉を照らす。
そんなドームの一角が、カタカタとブロック状に動き始め、通路を形成した。
その向こう側から現れたのは……。
「「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」」
「ッ!! 小悪……魔?」
二人の幼女は笑いながら中央の大株玉に近づくと、そっと手を伸ばす。
そして……。
ニィイイ……と笑った。
「……やっぱり、おまえ大株玉になんの細工もしてなかったな……解除」
ピンク船長はガラスに両手を突いて叫ぶ。
「ふざけるな!! それは! それは俺の大株玉だ!! ガキのオモチャじゃねえんだよ!」
白髪幼女は首を捻って、ピンク船長を見る。
「……ちがうよ。これは……今からわたしの物……」
当たり前のように呟くその姿に……ブリガンドの首筋がゾクリと震えた。
『たかが空帝『候補』止まりが……『勢力』に手を出した……』
違う! 違う違う!! そんなはずはない!
大株玉が光を放つ。
そして、中央を覆っていた自陣が塗り替えられる。
ピンク船長の陣地は、もう何処にも存在しない。
「お前! 小悪魔ァ! なにをやった!」
「……お前がやったことと一緒」
ブリガンドは白髪幼女の言葉に、何が起きたのか思い至ってしまった。
「あ……」
「……管理者権限を書き換えた。なんのプロテクトもかかってなかったから」
大株玉が粉々に弾け飛ぶ。
その光の粒が回転し、白髪幼女の手の中に収まった。
目の前で消失した大株玉に、ピンク船長は膝をつく。
「……むぃ、いい拾い物した」
「よかったっスねぇ〜」
ケラケラと笑う小悪魔たちの笑い声がドームに響く。
「……ふざけんじゃねえぞ……ふざけんじゃねぇ!!」
まるで大波が崩れたようなバシャンという音を立てて、司令室とドームを隔てていたガラスが砕け散る。
「小悪魔ァ。命だけだ。引き渡す前に命以外は全部置いてってもらうわ」
仮にも大株玉を保管するドームのガラスだ。かなり強固な作りだが、ピンク船長にとってはそうではないらしい。
ノソリと司令室からドームへと入ってきたピンク船長は、ブチ切れ顔で呟く。
「おっと、ピンク船長が来ちゃった」
「……あ、来た……かも」
胡乱な目のピンク船長が一歩一歩、小悪魔に歩み寄る。その途中で……。
ドンッとダンジョンが縦揺れを起こした。




