たかが……
「まず現状がどうなっているのか……ですわね」
「ええ、幹部の皆さんは見張られているとみていいでしょう」
牢屋の中で、二人の男女が眉間に皺を寄せて話し合う。
「ワタクシたちのダンジョンを乗っ取ったのは造船所勢力のブリガンドとおっしゃっていましたわね」
「空帝候補ですか。独自の技術で大空を飛ぶ造船所の戦力部隊……それの候補とは」
男は胡散臭いキツネ顔のマスケラ ウルペース。
女は絵に描いたような高飛車な女ヘイティー ベアリング。
「……恐ろしい……ですね。真っ向では誰も勝てませんよ」
「ええ、人工ダンジョンにいていい人材ではないですわ」
しかし、二人の顔には胡散臭い顔も、高飛車な態度もなかった。自身を大きく見せるだけの仮面など、被っている場合ではないのだ。
「……キシシ」
「……オホホ」
だからこそ、二人の元ダン長は笑う……。
「随分と……やってくれたものです」
「いかに強かろうと、人工ダンジョンの戦いは別ですわ」
強がり……ただの強がりでしかない。
だからこそ、元ダン長の二人は笑う。
自身を大きく見せるための仮面を被りなおす。
メラメラと復讐の炎をその瞳に宿らせて……。
「助けを待つのは無理そうですね」
「私達に食事を運んでくるピンクの制服。アレはブリガンドの部下とみて間違いないですわ」
「つまり……幹部の皆さんは見張られていると」
「そうですわね。接触などさせないつもりですわ」
あえて裏切り者のクイック ウィンテッドの名前は出さない。
「総ダン長に助けを求める……というのはどう思いますの?」
「分かっているでしょう。今回の件は総ダン長も知っていることなのですよ」
「人工ダンジョンは実力主義……ですわね」
「ええ、ダンジョンを奪われたのも、我々の落ち度というわけです」
「少々贔屓が過ぎると感じますわね」
「我々が争って合併したのちに得られるはずだった大株玉を渡されていますからね」
「空帝候補なら最初から大株玉を持たせるアドバンテージがあってもいいという考えですわね」
「人工ダンジョンは他の勢力に比べて個の戦力では劣ります。唯一、総ダン長だけが例外の人外戦力ですからね」
「空帝候補を引き入れるなら大株玉も妥当ということですわね」
「……」
無言で腕を組み、目の前のお茶に手を付ける。
いくら話し合っても、現状を打開する案は浮かばない。
二人は牢屋の中を見渡す。
意外に物は充実している。寝床に炊事場、冷蔵庫にテーブルソファー。
自分たちの作った牢屋だが、環境は悪くないといえる。自分たちが用意した覚えのない物が多いことを除けば……。
『幼女ちゃん。なんか部品がかみ合わないんスけど!』
『……これ、こっちの部品と間違ってない?』
『あ! マジじゃん! 似た色にすんなよな!』
『……ほれ、合体しろ』
同じ牢屋の中では、先住民の小悪魔二人が工作をしているが、この二人はどーでもいいので頑張って意識から外す。
……気にしてはいけない。今は構っている余裕はない。
「入り口は魔術施錠ですわね。今の装備で開けるのは不可能ですわ」
「となると格子部分ですかね。ダメです……頑丈ですね。さすがはベアリングさんの作成した格子です」
「今その褒め言葉は逆効果ですわ……」
空帝候補ブリガンドは、自分たち元ダン長に思うところがあるようだ。今はよくても、機会があれば自分たちの排除に動く可能性がある。
その為に、いつでも脱出ができるようにするべきだが……。
「牢屋を破るのは不可能ですわね……」
「それより幹部と連絡をとるのが良さそうですね」
「パイプ端末も奪われてしまいましたものね。おそらく私達の株玉も……」
「……屈辱ですね。先代の残してくれた株玉を奪われるのは……」
話し合いはいつもここで頓挫してしまう。それが八方塞がりなのを思い知らされる。
牢屋に入れられているのだ。出来ることは飯を食う以外出来ない。
『アヒャヒャヒャ!』
『……ヌヒヒヒヒ!』
子供の遊ぶ笑い声が会議室に響く。
気楽なものだ……。自分たちがこんなにも頭を悩ませているのに。
まぁ、彼女らに関係はないのだから当たり前とも言える。
しかし、不快ではない。まるでこんな状況でも大したことはないと言われているようで……。
そういえばあの二人が食べさせてくれたシチューは懐かしい味がした。それは先代のシチューによく似ていて……。
首を振ってあり得ない妄想を振り払う。
あの味で気力が出たのは確かだ。優しい味が落ち込んでいる自分たちを叱咤激励してくれたようにも感じる。
それだけは、ダンジョンの侵入者である小悪魔に感謝している。
「よし、次は会議室のテーブルを退けてポールを立てようぜ!」
「……ぬ、即席のコースということか……おもしろい」
元気に遊ぶ二人に頬が緩む。
こんな状況でも子供は気楽でいい。
小悪魔の二人は子供らしく、二人乗りの乗り物に乗ってスイスイと遊んでいる。
「「……」」
この際……ただのレバーを上げ下げするだけだと発言していた物体が乗り物だったのはいいだろう。
思ったよりスピードの出る小型トロッコみたいに見えるが、遊びの範疇でいいのではないか?
「……」
「……」
けど一つだけ言ってないことあるよな?
「どう見ても牢屋から出てるッ!?」
この小悪魔たち……牢屋から出て会議室でトロッコを乗り回していた……。
「アヒャヒャ…………ん?」
「ヌヒヒヒヒ…………ぬ?」
二人は元ダン長たちの叫びにピタリと動きを止めた後、エヘヘ……と不気味に笑い。イソイソと牢屋に戻って鍵を閉め……。
「フンッ!」「……セッ!」「フンッ!」「……セッ!」
レバー遊びで誤魔化しやがった……。
――――――――――――――――――――――――
「駄目ですわーー!! それは駄目ですわーー!!」
「遅いでしょう! 抜け出してましたよね!」
「気のせいッスよぉ〜」
「……シチューくうか?」
ソッポを向いて誤魔化す幼女達に、元ダン長たちは詰め寄る。
自分たちが牢屋脱出に頭を悩ませている目の前で脱出してたのだ。……当たり前である。
いや、本当はちょっとだけコイツら抜け出してんじゃねぇか疑惑はあったのだ……。だって知らない間に家具が増えているのだから。
その後ろで青い扉が開いて、ピンク船長が入ってきた。
「なんだよ思ったより元気だな」
「「「「……」」」」
ニカっと笑うピンク船長の発言に、全員の視線が集まった。ピンク船長の後ろには若造が控えている。
どうやら今日は本人がやってきたようだ。
「よお〜、ようやくお前らの株玉の合併が終わったぜ。お前らの先代も面倒なことしてくれるよなあ?」
ピンク船長の発言に、元ダン長たちはギリリと奥歯を噛み締める。自分たちの株玉が本格的に奪われたことを知って怒りが込み上げてくる。
「ん〜、そんな目で見んなよ。人工ダンジョンは実力主義なんだろ?」
「……アナタのやったことは、人工ダンジョンの強さではありませんわ」
「はっ、負け惜しみはいいんだよ。間違いなく俺の実力さ。大株玉を使用したゴリ押しだろうが、それをくれたのは俺の実力を見込んだディケード総ダン長なんだからよ」
「……」
正直、元ダン長の二人には返す言葉はない。
人工ダンジョンに足りない個人での戦力。それをブリガンドは持っている。
人工ダンジョンの長で彼に実力で勝てる者はいないだろう。
人工ダンジョンを扱う技術と戦力は別物だ。
ダンジョンという特殊な縄張り争いでないのなら、班ダン長が百人いてもブリガンドに蹂躙されてしまうだろう。それほどブリガンドという空帝候補は超人なのだ。
「はっはー! あっはっはっはー!」
「「……」」
悔しかろうが、元ダン長の二人には怒りに高笑いを止める手段などない。
「こんなヤツにダン長は……一度ダン長に負けたクセに……」
「…………………………………………………………」
しかし、ピンク船長の笑い声はピタリと止まった。
高飛車女の言葉にピンク船長は表情を消し、右手を彼女に向ける。
「ッ!!」
一度吹き飛ばされた恐怖が高飛車女の身を硬くする。
しかし、ピンク船長はニィ……と暗い笑みを浮かべ、後ろに立っている若造へと言葉を投げかける。
「そうだなあ〜、総ダン長にも言われているし……クイック君はどう思うよ?」
「……総ダン長に報告の後ならいくらでも処分していいのではないですか?」
ピンク船長は「そうだよなぁ〜」と面倒くさそうに呟いた後……向けていた右手を……『幼女達』へと向けた……。
「「…………は?」」
バゥッ……という轟音と共に、二人の幼女は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。そしてベタリと敷いてあった布団へと倒れた。
「何をしているのですか! 子供ですよ!」
「うるせえなあ……お前たちが悪いんだろうが。覚えておけ……その子供を傷つけたのはお前らだ。お前らが俺を不愉快にさせる度、近くの人間を傷つける……俺を不愉快にさせないようにしてくれるよなあ? 次はお前らの大事な幹部だ」
「ッ! ……すみま……せんでした」
ブリガンドは知っている。
こう言った無駄に責任感のある温いヤツは、本人ではなく周りの人間を傷つければいい。
そして言ってやるのだ。コイツが傷ついたのはお前のせいだ……と。
…………クスクス……。
「…………う〜ん? どうかしたかい? お嬢さん」
布団に突っ伏した長髪の少女の笑い声に、ピンク船長は笑いをピタリと止める。そしてニカリと圧のある笑顔に影が差した。
子供に怒りを持つのは『小物臭い』。
だからこそ、顔だけは笑顔に……だが、それを差し引いても幼女の笑い声は……『癪』に触る……。
元ダン長の二人は、背中に汗を掻く。
それは二人にも覚えのある感覚だったから……。
自分たちにも向けられた。馬鹿にされている……『本心』を見透かされているような嫌らしい笑い声を覚えていたから。
「いえ、何も。さすがぁ〜……空帝『候補』の新ダン長様ですねぇ〜」
「……」
候補という言葉を強調された事に、ブリガンドの目が暗く染まる。
「なんでそのまま『空帝』を目指さなかったんですぅ〜?」
「……決まってる……なれなかったからだよ」
煽るような長髪幼女の後に、うつ伏せで倒れている白髪幼女が言葉を続ける。
赤く光る目がブリガンドに向けられた……。
吹き飛ばされてフードが外れた下から白色の髪が覗く。
「んふふふ、なるほどぉ〜。総ダン長様はだから新ダン長様をスカウトしたんスねぇ〜」
「……うん、コイツなら……」
言ってはいけない……キツネ顔と高飛車女は咄嗟にそう思った。ソレを言ったらブリガンドは止まれなくなる。
「「……どうとでもなる」」
ピンク船長が……ゆっくりと懐に手を入れる……。
「コイツくらいなら……」
「……叛逆されてもだいじょうぶ」
そして彼の手に握られていたのは、飾り気のない『拳銃』だ。それを倒れる幼女たちに向ける。
「空帝ですらないアンタならどうとでもなるってさぁ〜!!」
パァン……と乾いた音が会議室に響いた。
「……退けよ」
二人の幼女を庇うように、二人の元ダン長が立っていた。
「……ッ」
特殊な服に守られたのだろう。弾は地面に落ちる。
「……まだ子供ですわ」
ブリガンドはつまらなさそうに、再度拳銃を幼女に向けようとして……目を見開く。
「…………白い髪? おいおいマジかよ」
そしてニィ……と笑みをうかべて、もう用はないとばかりに会議室を出て行った。
その様子に二人の元ダン長は安堵のため息を吐く。
――――――――――――――――――――――――
まるで飛行船の操舵室のような場所。
「はっは……運が向いてきやがった」
ブリガンドは侵略したダンジョンに新たに作った拠点で高らかに笑う。
目の前にはガラスの向こう側に浮かぶ大株玉。
モニターにはダンジョンを色分けしたマップが映し出される。
拠点の機械の前に座るのは、造船所から連れてきた信頼できる部下達。複数のピンク制服たちが機械を操作する。
「アイツに繋げ!」
「イエス、キャプテン」
モニターがザザッとノイズを放つ。
「あーあーこちらキャプテンブリガンド。直ちにメガロ級護送艦の手配を頼む!」
『……』
「勢力『小悪魔』の捕獲に成功した! 直ちにメガロ級護送艦の手配を要求する」
『……承知した』
プツリと通信は途絶え、ブリガンドは高笑いをする。
「はっは! 守神が求めている小悪魔勢力がこんな辺境のダンジョンにいるなんてなあ! 来てる! ついている! これを成果に俺は造船所勢力の上に行ける! 別部署の空創ポストも兼任できるかもしれない!」
そんな輝かしい未来に夢想するピンク船長の後ろで……冷たく、酷く冷たい視線で若造は見ていた……。
……手を出したな?
『たかが』空帝候補の分際で……『勢力』そのものに……。
お前はもう終わりだ……。




