8話「王の死」
アルが死んだ。
その知らせを聞いたのは、朝だった。
「国王陛下が……?」
店の前で、隣の店の主人が新聞を広げていた。
「今朝、発表されたらしい」
「何で……?」
「急な病気だそうだ」
私は何も言えなかった。
つい数日前まで、私の店に来ていた。
いつもの椅子に座って、いつものように相談していた。
そして最後に、私に頼んだ。
――私が死んだあとも、相談相手でいてくれ。
まさか、それが本当に最後になるなんて。
「……急な病気って」
私は呟いた。
アルは、自分の体がおかしいと言っていた。
でも、死ぬとは言っていなかった。
いや。
言っていたのかもしれない。
自分が自分でなくなることを恐れていた。
だから、あんな頼みをした。
私は店を閉め、王宮のある方向を見た。
いつもなら遠くに見える王宮の屋根が、今日は妙に近く感じた。
その日から、街の空気が変わった。
王が死んだ。
その事実だけで、人々は不安になる。
市場では次の王の話が出ていた。
兵士たちはいつもより忙しそうに歩いていた。
店に来る客も、王の話をする。
「まだ若い王太子が継ぐんだろう?」
「国は大丈夫なのかね」
「陛下は本当に病気だったのか?」
「余計なことを言うなよ」
私は黙って聞いていた。
誰も、本当のことを知らない。
私も知らない。
ただ一つだけ、知っていることがある。
アルは、自分の死を予想していた。
だから、あの相談をした。
それが頭から離れなかった。
数日が過ぎた。
店を開けても、客が来ない時間が増えた。
私は何度も、王宮のほうを見た。
それでも何も起こらない。
アルはもういない。
そう思い始めたころだった。
店の扉が叩かれた。
「はい」
開けると、見知らぬ男が立っていた。
「こちらに、リゼさんはいらっしゃいますか?」
「私ですけど」
男は一通の封筒を差し出した。
「これを」
「私に?」
「はい」
受け取った封筒には、私の名前だけが書かれていた。
差出人の名前はない。
私は封筒を裏返した。
何もない。
「誰からですか?」
「分かりません」
「分からない?」
「私も届けるよう頼まれただけです」
男はそれだけ言うと、帰っていった。
私は扉を閉めた。
嫌な予感がした。
封筒を机の上に置く。
しばらく開けられなかった。
けれど。
これを私に送る人間を、私は一人しか知らない。
私は封を切った。
一枚の紙が入っていた。
そこには、見慣れた字が並んでいた。
私は息を止めた。
アルの字だった。
そして、その一行目を読んだ。
『私は、本当に病気で死んだと思うか?』
手が止まった。
「……何これ」
私は紙を見つめた。
王は死んだ。
その死因は病気だと発表された。
なのに。
死んだはずのアルが、私に問いかけている。
私はもう一度、その文章を読んだ。
『私は、本当に病気で死んだと思うか?』
胸の奥が、嫌な音を立てた。
あの日の言葉が蘇る。
――私が死んだあとも、相談相手でいてくれ。
私は手紙を握りしめた。
アルは、死ぬ前から何かを知っていたのだろうか。
それとも。
ただの相談だったのだろうか。
答えは、まだ分からない。
でも、一つだけ確かなことがあった。
私はもう、アルの相談相手ではないと思っていた。
王は死んだ。
だから、終わったのだと思っていた。
けれど。
死んだ王から、次の相談が届いた。




