↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/18

3話「王だったら、どうします?」

 それから一週間ほどして、男はまた店にやって来た。


「こんにちは」


「こんにちは。今日は何ですか?」


「今日は、妻への贈り物ではない」


「それは残念です」


「残念なのか?」


「いえ。何となくです」


 男は苦笑して、いつもの椅子に座った。


「この前の話だが」


「奥さんへの贈り物ですか?」


「ああ。本人に聞いてみた」


「どうでした?」


「欲しいものはないと言われた」


「じゃあ、よかったじゃないですか」


「よくない」


「どうして?」


「私が贈りたいものを贈ろうとしたら、それはいらないと言われた」


「……それなら、贈らなければいいのでは?」


 男は黙った。


「君は本当に容赦がないな」


「相談ですから」


「そうだったな」


 男は笑った。


 前に会ったときより、少しだけ表情が柔らかい。


 この人は、私に話すことそのものを楽しんでいるのかもしれない。


「それで?」


「妻には別のものを贈ることにした」


「よかったですね」


「ああ」


 男は満足そうに頷いた。


 けれど、そのあと。


 男の顔から笑みが消えた。


「今日は別のことを聞きたい」


「どうぞ」


「もし、だ」


 男は少し間を置いた。


「もし王が、自分の名前で出された命令を知らなかったら」


 私は瞬きをした。


「王?」


「ああ」


「ずいぶん大きな話ですね」


「仮の話だ」


「分かりました」


 私は腕を組んだ。


「その命令が本当に王の名前で出されたのか、まず確認します」


「名前が書かれていて、印もある」


「それでも?」


「ああ」


「だったら、誰がその命令を持ってきたのかを調べます」


 男が少しだけ目を細めた。


「なぜ?」


「王本人が知らないなら、誰かが王の名前を使ったことになります」


「王の側近が勝手にやった可能性は?」


「あります」


「では、側近が嘘をついていたら?」


「それも調べます」


「王自身が忘れていた可能性は?」


「それなら、王に聞けばいいでしょう」


「王が『知らない』と言ったら?」


「だったら、やっぱり誰かが王の名前を使ったんじゃないですか?」


 男は黙った。


 いつものように笑わなかった。


 私は少し不思議に思った。


「何かおかしいですか?」


「いや」


 男はゆっくり首を振った。


「……君なら、そう言うと思った」


「どういう意味です?」


「そのままだ」


 男は椅子の背にもたれた。


「多くの人間は、印があるなら王の命令だと言う」


「そうなんですか?」


「ああ」


「でも、本人が知らないなら変でしょう」


「その通りだ」


 男は小さく呟いた。


 それから、私の顔をじっと見た。


「もし、その命令によって国が動き始めていたら?」


「国が?」


「兵が動く。金が使われる。人が命令に従う」


 男の声が低くなる。


「そのとき、王が『私は知らない』と言ったとして、君ならどうする?」


 私は少し考えた。


「止めます」


「簡単に言うな」


「でも、知らない命令なら止めるしかないでしょう」


「止められなかったら?」


「……それなら、誰が止められるかを探します」


 男は黙った。


 しばらくして、ふっと息を吐いた。


「なるほど」


「何がです?」


「いや」


 男は立ち上がった。


「参考になった」


「こんな話で?」


「ああ」


 扉へ向かう。


 けれど、そこで男は振り返った。


「君なら、王が間違っていると思ったときも、そう言えるか?」


「言いますよ」


「相手が王でも?」


「王でも、人間でしょう?」


 男は一瞬、目を見開いた。


 それから笑った。


「……そうだな」


 男は今度こそ店を出ていった。


 私はその背中を見送りながら、少しだけ首を傾げた。


 今日は変な相談だった。


 王の命令。


 兵。


 国。


 どれも、私の日常には関係のない話だ。


 ただ一つ気になったことがある。


 あの人は、あまりにも真剣だった。


 まるで本当に、そんな命令が存在しているみたいに。


 もちろん、ただの仮の話だったのだろう。


 私はそう思っていた。


 このときは、まだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。