3話「王だったら、どうします?」
それから一週間ほどして、男はまた店にやって来た。
「こんにちは」
「こんにちは。今日は何ですか?」
「今日は、妻への贈り物ではない」
「それは残念です」
「残念なのか?」
「いえ。何となくです」
男は苦笑して、いつもの椅子に座った。
「この前の話だが」
「奥さんへの贈り物ですか?」
「ああ。本人に聞いてみた」
「どうでした?」
「欲しいものはないと言われた」
「じゃあ、よかったじゃないですか」
「よくない」
「どうして?」
「私が贈りたいものを贈ろうとしたら、それはいらないと言われた」
「……それなら、贈らなければいいのでは?」
男は黙った。
「君は本当に容赦がないな」
「相談ですから」
「そうだったな」
男は笑った。
前に会ったときより、少しだけ表情が柔らかい。
この人は、私に話すことそのものを楽しんでいるのかもしれない。
「それで?」
「妻には別のものを贈ることにした」
「よかったですね」
「ああ」
男は満足そうに頷いた。
けれど、そのあと。
男の顔から笑みが消えた。
「今日は別のことを聞きたい」
「どうぞ」
「もし、だ」
男は少し間を置いた。
「もし王が、自分の名前で出された命令を知らなかったら」
私は瞬きをした。
「王?」
「ああ」
「ずいぶん大きな話ですね」
「仮の話だ」
「分かりました」
私は腕を組んだ。
「その命令が本当に王の名前で出されたのか、まず確認します」
「名前が書かれていて、印もある」
「それでも?」
「ああ」
「だったら、誰がその命令を持ってきたのかを調べます」
男が少しだけ目を細めた。
「なぜ?」
「王本人が知らないなら、誰かが王の名前を使ったことになります」
「王の側近が勝手にやった可能性は?」
「あります」
「では、側近が嘘をついていたら?」
「それも調べます」
「王自身が忘れていた可能性は?」
「それなら、王に聞けばいいでしょう」
「王が『知らない』と言ったら?」
「だったら、やっぱり誰かが王の名前を使ったんじゃないですか?」
男は黙った。
いつものように笑わなかった。
私は少し不思議に思った。
「何かおかしいですか?」
「いや」
男はゆっくり首を振った。
「……君なら、そう言うと思った」
「どういう意味です?」
「そのままだ」
男は椅子の背にもたれた。
「多くの人間は、印があるなら王の命令だと言う」
「そうなんですか?」
「ああ」
「でも、本人が知らないなら変でしょう」
「その通りだ」
男は小さく呟いた。
それから、私の顔をじっと見た。
「もし、その命令によって国が動き始めていたら?」
「国が?」
「兵が動く。金が使われる。人が命令に従う」
男の声が低くなる。
「そのとき、王が『私は知らない』と言ったとして、君ならどうする?」
私は少し考えた。
「止めます」
「簡単に言うな」
「でも、知らない命令なら止めるしかないでしょう」
「止められなかったら?」
「……それなら、誰が止められるかを探します」
男は黙った。
しばらくして、ふっと息を吐いた。
「なるほど」
「何がです?」
「いや」
男は立ち上がった。
「参考になった」
「こんな話で?」
「ああ」
扉へ向かう。
けれど、そこで男は振り返った。
「君なら、王が間違っていると思ったときも、そう言えるか?」
「言いますよ」
「相手が王でも?」
「王でも、人間でしょう?」
男は一瞬、目を見開いた。
それから笑った。
「……そうだな」
男は今度こそ店を出ていった。
私はその背中を見送りながら、少しだけ首を傾げた。
今日は変な相談だった。
王の命令。
兵。
国。
どれも、私の日常には関係のない話だ。
ただ一つ気になったことがある。
あの人は、あまりにも真剣だった。
まるで本当に、そんな命令が存在しているみたいに。
もちろん、ただの仮の話だったのだろう。
私はそう思っていた。
このときは、まだ。




