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2話「変な客」

 あの変な客は、それから三日後にまた来た。


「こんにちは」


「……また来たんですか」


「来てはいけなかったか?」


「そういう意味ではありません」


 私はため息をついて、向かいの椅子を指した。


「どうぞ。今日は何の相談です?」


 男は椅子に座ると、少しだけ考えるように黙った。


「妻への贈り物について相談したい」


「奥さんへの?」


「ああ」


 男は真剣な顔をしていた。


 その顔を見て、私は少しだけ困った。


 贈り物くらい、自分で決めればいいのに。


「何を贈るかで悩んでいるんですか?」


「そうだ」


「奥さんは、何が欲しいと言っていました?」


「……それが分からない」


「では、奥さん本人に聞いたほうがいいですよ」


 男が固まった。


「…………」


「何か変なことを言いました?」


「いや」


 男は突然、吹き出した。


「ははっ」


「?」


「いや、すまない。そうか。そうだな」


 なぜそんなに面白いのか分からない。


「相談屋に来ておいて、本人に聞けと言われるとは思わなかった」


「でも、私に聞かれても奥さんの欲しいものなんて分かりませんから」


「普通は、もっとそれらしい答えを考えるものではないのか?」


「例えば?」


「花がいいとか、宝石がいいとか」


「そんなの、奥さんによるでしょう」


 男は黙った。


 そして、少しだけ笑った。


「……君は変わっているな」


「よく言われます」


「嫌ではないのか?」


「慣れました」


 男はしばらく私を見ていた。


 まるで、私の顔ではなく、別の何かを確かめるように。


「では、本人に聞いてみる」


「それが一番です」


「そうしてみよう」


 男は立ち上がった。


 けれど、扉へ向かう前に足を止めた。


「もう一つ、相談してもいいか?」


「どうぞ」


「少し変な話なんだが」


「変な話は、慣れています」


「そうか」


 男は椅子に戻った。


 そのときだった。


「実はな」


 男が、声を落とした。


「誰かに相談するとき、人は何を求めていると思う?」


「答えじゃないですか?」


「そう思うか?」


「違います?」


 男は少し考えた。


「……分からない」


 さっきまでの軽い調子とは違っていた。


 私は黙って男を見る。


「私は、答えが欲しいと思っていた」


「今は違う?」


「ああ」


 男は窓の外へ目を向けた。


「答えを出す前に、自分が何を考えているのかを知りたい」


 私は少しだけ驚いた。


 相談に来る人の多くは、答えを求める。


 どうすればいいのか。


 どちらを選べばいいのか。


 誰が悪いのか。


 私に決めてほしい人もいる。


 けれど、この人は違うらしい。


「じゃあ、話してください」


「聞いてくれるのか?」


「相談屋ですから」


 男は笑った。


「君は、本当に変な相談屋だな」


「それ、褒めてます?」


「ああ」


 男は少しだけ姿勢を正した。


「では、聞いてほしい」


「どうぞ」


「もし、自分が正しいと思っていることと、大切な人が望んでいることが違ったら――」


 男はそこで言葉を切った。


「君なら、どうする?」


 私はすぐには答えなかった。


 少し考えてから、口を開く。


「まず、その二つが本当に違うのかを確認します」


「どうやって?」


「本人に聞きます」


「また、それか」


「大事なことですよ」


 男は笑った。


 けれど、その笑顔の奥には、さっきまでなかったものがあった。


 何かを考えている顔。


 迷っている顔。


 私はそれ以上、何も聞かなかった。


 相談屋の仕事は、相手の秘密を暴くことじゃない。


 話したいことを話してもらうことだ。


 男は帰り際、扉の前で振り返った。


「また来てもいいか?」


「相談なら、いつでも」


「そうか」


 男は満足そうに笑った。


 そして、店を出ていった。


 私はその背中を見送った。


 変な客だった。


 相談に来たくせに、答えを求めていない。


 それなのに、また来ると言う。


 私は知らなかった。


 この男が、これから何度も私の店を訪れることを。


 そして、その相談の中に、この国の命運を左右する話が混じっていたことを。


 もちろん、このときの私は――そんなことなど、知る由もなかった。

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