13話「王のそばにいた人間」
翌朝。
私は、いつものように店の掃除をしていた。
床を掃いて、棚を拭く。
何も変わらない朝だった。
けれど、机の上には一通の手紙がある。
アルベルトからの手紙。
もちろん、本人が今ここにいるわけではない。
死ぬ前に書かれ、誰かに託されたものだ。
私は封を切った。
短い文章だった。
『もし、王のそばにいた人間が王を殺そうとしたのなら、何を聞く?』
「……また、それですか」
私は思わず呟いた。
前の手紙もそうだった。
答えを直接書かない。
私に質問をする。
まるで、生きているときと同じだった。
私は椅子に座った。
「王のそばにいた人間……」
まず思いつくのは、王妃。
王太子。
侍従。
医師。
宰相。
護衛。
他にもいる。
王宮には、私が名前すら知らない人間が大勢いる。
私は紙を一枚取り出した。
そこに、思いつくまま書いていく。
王妃。
王太子。
医師。
侍従。
宰相。
護衛。
書き終えてから、私は首を傾げた。
「これじゃ、誰でも怪しいじゃない」
王のそばにいた。
それだけで疑うなら、王宮にいる人間は全員疑わしくなってしまう。
私は紙に書いた名前を一つずつ消していった。
王妃。
殺す理由があるかどうか、私には分からない。
王太子。
王位を継ぐ立場だから、疑う理由はある。
医師。
毒を使える可能性がある。
宰相。
国の命令に関わる立場だ。
護衛。
王に近づくことができる。
結局、消せない。
「……だから、何を聞けばいいのよ」
私はため息をついた。
そのとき、店の扉が開いた。
「相談屋さん」
レオンだった。
「またですか?」
「悪いか?」
「いえ」
私は椅子を勧めた。
レオンは座るなり、机の上の紙を見た。
「これは?」
「陛下からの手紙です」
「父から?」
「はい」
レオンの顔が強張る。
「何と?」
私は少し迷った。
秘密にする必要はない。
けれど、内容をそのまま渡す必要もない。
「王のそばにいた人間が、王を殺そうとしたのなら、何を聞くか、と」
レオンが黙った。
「……父は、自分が殺されると思っていたのか?」
「分かりません」
「また、それか」
「本当に分からないんです」
レオンは手紙を見つめた。
「誰かを疑っていたんだろうか」
「それも分かりません」
「父は、俺にも何も言わなかった」
「陛下は、誰かに相談することで考えを整理する人でした」
「……父らしいな」
レオンは苦笑した。
そして、紙に書かれた名前を見る。
「この中なら、誰を疑う?」
「私は誰も疑いません」
「どうして?」
「理由がないからです」
レオンが私を見る。
「医師は毒を扱えるかもしれない。宰相は国政に関わる。護衛は陛下の近くにいた。あなたは王位を継ぐ」
「つまり、全員怪しい」
「いいえ」
私は首を振った。
「全員、怪しく見えるだけです」
「同じじゃないのか?」
「違います」
私は紙を指で叩いた。
「怪しいことと、悪いことをしたことは別です」
レオンは黙った。
「だから、まず聞くべきなのは、その人が何をしたかです」
「何をしたか……」
「いつ陛下と会ったのか。何を話したのか。何を知っているのか」
私はそこまで言って、手を止めた。
「それと」
「それと?」
「陛下が亡くなったことで、何が変わったのか」
レオンの表情が変わった。
「何が変わったか?」
「はい」
私は頷いた。
「人が死んだことで得をする人がいるなら、その人については少し詳しく調べてもいいと思います」
「なるほどな」
レオンは立ち上がった。
「分かった。調べてみる」
「ただし」
「まだあるのか?」
「調べた結果を、最初から犯人だと思って見ないでください」
「……難しい注文だな」
「私も苦手です」
レオンが少し笑った。
そして、店を出ていった。
私は一人になった。
机の上には、アルベルトの手紙。
私はもう一度、その一文を読む。
『もし、王のそばにいた人間が王を殺そうとしたのなら、何を聞く?』
「何を知っていたのか、か……」
その言葉が妙に引っかかった。
王のそばにいた人間。
王の死を知っていた人間。
王の死で何かが変わった人間。
私は紙に、もう一つだけ書き足した。
――誰が、得をした?
書いた瞬間。
外から、馬車の音が聞こえた。
王宮からの使いだった。
その手には、一枚の書類が握られていた。
「相談屋のリゼさんですね?」
「はい」
「王宮からです」
私は書類を受け取った。
そこには、アルベルト国王の名が記されていた。
命令書だった。
ただし。
その命令が出されたのは、陛下が亡くなった翌日だった。




