第14話「得をする人間」
命令書を手にしたまま、私は動けなかった。
アルベルト国王の名前。
王の印。
そして、発行された日付は、陛下が亡くなった翌日。
「……これは、どういうことですか?」
使いの男は困ったように首を振った。
「私には分かりません。王宮から届けるよう命じられただけです」
「この命令書は、陛下が出したものなんですか?」
「そう記録されています」
「でも、陛下は亡くなっています」
「はい」
男も困惑しているようだった。
私は命令書を見直した。
内容は、国境近くの部隊に対するものだった。
兵士の配置を変更し、国境付近の警戒を強める。
一見すると、それほどおかしな命令には見えない。
むしろ、隣国との関係が不安定になっている今なら、ありそうな命令だった。
でも。
「これを、誰が出したんでしょう」
「王宮の正式な命令として処理されています」
「陛下が亡くなったあとに?」
「……はい」
私は命令書を握り直した。
その日のうちに、私は王宮へ向かった。
案内された先には、レオンがいた。
「見せてくれ」
私は命令書を渡した。
レオンは目を通す。
そして、眉をひそめた。
「これは……」
「知っていますか?」
「知らない」
即答だった。
「父が出した命令じゃないんですか?」
「少なくとも、俺は知らない」
「でも、王の印があります」
「……そうだな」
レオンは命令書を机に置いた。
「父が死んだあとに、父の名前で命令が出された」
「はい」
「誰かが父の名を使った?」
「そう考えるのが普通だと思います」
レオンはしばらく黙っていた。
「これが本物なら、誰かが王の権限を使えることになる」
「はい」
「偽物なら……」
「誰かが偽物を本物として通したことになります」
レオンが私を見る。
「どちらにしても、問題だな」
私は頷いた。
「この命令で、何が変わったんですか?」
「国境の兵力が増えた」
「それだけ?」
「それだけじゃない」
レオンは地図を広げた。
「この部隊は、隣国との国境に近い」
「……戦争になるような場所ですか?」
「今はまだ、そうではない」
レオンは地図を指でなぞった。
「だが、兵が増えれば、相手も警戒する」
「相手から見れば、攻める準備をしているように見える?」
「ああ」
私は命令書を見た。
アルベルトが死んだ。
その翌日に、アルベルトの名前で軍の命令が出された。
そして、その命令によって国境に兵が集められた。
「誰かが陛下の名前を使って、国境を緊張させている……?」
「まだ決めつけるな」
レオンが言った。
「はい」
「ただ、調べる価値はある」
そのとき、扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、宰相のヴィクトルだった。
「殿下。お話中でしたか」
「ああ」
ヴィクトルは私と命令書を見た。
「それは……」
「父上の名前で出された軍令だ」
「なるほど」
ヴィクトルは落ち着いた様子で命令書を受け取った。
「確かに、陛下の印があります」
「知っているか?」
「発行されたことは」
「誰が出した?」
「それについては、確認が必要でしょう」
ヴィクトルは命令書を眺めた。
「ただ、国境の状況を考えれば、警戒を強めること自体は不自然ではありません」
「誰が命令したかは?」
「調べれば分かるでしょう」
淡々と答える。
私はヴィクトルを見た。
落ち着いている。
慌ててもいない。
命令書を見ても、驚いていない。
でも。
それだけでは何も言えない。
驚かなかったから怪しい。
そんなことは言えない。
「相談屋さん」
ヴィクトルが私に声をかけた。
「はい?」
「この件は、私のほうでも調べましょう」
「ありがとうございます」
「殿下のお手を煩わせる必要はありません」
レオンが頷いた。
「頼む」
ヴィクトルは命令書を置いた。
「では、失礼します」
扉が閉まる。
私はその背中を見送った。
「……あの人を疑っているのか?」
レオンが聞いた。
「まだ、何も」
「そうだな」
レオンは地図を畳んだ。
「俺も同じだ」
私は店へ戻った。
机の上には、アルベルトの手紙がある。
私は三枚の紙を並べた。
病死。
毒の可能性。
死後に出された王命。
そして、国境の兵力増強。
「誰が得をする?」
私は呟いた。
王が死んだ。
その直後から、国境が騒がしくなった。
もし、このまま隣国との関係が悪化したら。
国はどうなる?
王はどうなる?
そして――。
誰が、その混乱を利用できる?
私は答えを書こうとして、ペンを止めた。
まだ分からない。
だから、書かない。
その代わり、命令書の写しを机の上に置いた。
アルベルト国王は、死んだ。
それなのに。
死んだ王の名前で、国が動き始めている。




