11話「病死ではない」
王宮から戻って三日が経った。
私は、机の上に置いた一枚の紙を眺めていた。
アルベルト国王の死亡記録。
正式な死因は、急性の病。
それだけなら、私は何も言えない。
医者でもない私に、病気だったかどうかなんて判断できない。
だからこそ、王宮で聞いたレオン王太子の言葉が気になっていた。
『父は、本当に病気だったんですか?』
あのとき私は答えた。
『分かりません』
今でも、その答えは変わらない。
私は死亡記録をもう一度めくった。
そして、端のほうに小さな文字があることに気づいた。
「……これ、何?」
私は紙を近づけた。
正式な死因が書かれた欄とは別の、医師の所見。
そこには短く、こう記されていた。
『急激な症状について、薬物による影響の可能性を否定できない』
私は目を止めた。
「薬物……?」
もう一度読む。
見間違いではない。
確かにそう書いてある。
私は椅子から立ち上がった。
病死。
そう聞いていた。
でも、この記録を書いた医師自身は、別の可能性を考えていた。
「だったら、どうして……」
そこで言葉が止まった。
分からない。
今の私には、それしか言えない。
記録に書かれていることと、書かれていないこと。
私は紙の上を指でなぞった。
正式な死因は病気。
薬物の可能性は否定できない。
どちらも、この紙に書いてある。
ならば、次に確認するべきなのは――。
私は紙を持って、王宮へ向かった。
通された部屋には、レオン王太子がいた。
「また来たのか」
「はい。確認したいことがあります」
「父のことか?」
「はい」
レオンは少しだけ眉を寄せた。
「何が分かった?」
「分かった、というほどではありません」
私は死亡記録を差し出した。
「これを見せてもらいました」
レオンは紙を受け取り、目を走らせた。
そして、表情を変えた。
「……これを、知っていたのか?」
「私は今日初めて見ました」
「違う。これを書いた医師は?」
「そこまでは知りません」
レオンは黙って紙を見つめた。
「父は病気だった」
「そう記録されています」
「医師もそう判断した」
「でも、薬物の可能性も書いてあります」
「……」
レオンは何も言わなかった。
私は急かさず待った。
しばらくして、彼が低い声で言った。
「父が倒れたとき、俺は部屋にいなかった」
「はい」
「その後、医師が診た。父は苦しんでいたらしい」
「はい」
「そして、そのまま死んだ」
レオンは紙を握った。
「誰かが毒を盛ったということか?」
「私は、そう言っていません」
レオンが顔を上げる。
「では、何が言いたい?」
「病死だと断言する材料も、毒殺だと断言する材料も、私にはありません」
「……」
「ただ」
私は記録を指した。
「ここに、可能性が書いてあります」
レオンは再び紙を見た。
「可能性……か」
「はい」
「なら、調べる」
即答だった。
私は少し驚いた。
「いいんですか?」
「父が本当に病気で死んだのなら、それでいい」
レオンは紙を机に置いた。
「だが、もし違うなら」
その声が低くなる。
「父を殺した人間が、まだ王宮にいることになる」
部屋が静かになった。
私はその言葉を聞きながら、あの手紙を思い出していた。
『私は、本当に病気で死んだと思うか?』
アルベルトは、死ぬ前にそんな言葉を残した。
私はあのとき、考えすぎだと思っていた。
けれど。
「……陛下は、自分が病気で死ぬことを疑っていたんでしょうか」
「分からない」
レオンは答えた。
「だが、父は何かを知っていたのかもしれない」
私も、そう思った。
まだ何も分からない。
誰がやったのかも。
本当に毒だったのかも。
それでも一つだけ、確かになった。
アルベルト国王の死は、ただの病死として片づけていいものではない。
私は机の上の記録を見つめた。
そして、胸の中で静かに言った。
アル。
あなたは、何を知っていたの?




