逆転の調理場
扉が爆破された。
迷彩服のハミングバード兵が銃口を揃えて滑り込んでくる。
サーモグラフィーゴーグルが、獲物の位置を鮮明な赤で捉えているはずだった。
だが、先頭の男が踏み出したブーツは、床面を捉えることなく空転した。
真田がメモ書きし、エレーヌが調合した業務用オリーブオイルと食器用洗剤の混合液が、極低温の冷媒によって薄い氷衣をまとい、摩擦ゼロの罠へと変貌していたのだ。
均衡を崩し倒れ込む兵士たち。
真田がサーキュレーターのスイッチを入れ、涼が強力粉の袋を破る。白い粉塵が厨房を爆発的な速度で満たしていく。浮遊する粉体粒子が室内の熱エネルギーを乱反射させ、敵のサーモグラフィーを狂わせる。
「撃つな!」
リーダーの静止を無視し一人が引き金を引いた。銃弾が銅鍋を弾き飛ばす甲高い音が鳴り響く。
「三時の方向、二メートルに二人」
ユナが声を絞る。超音波のダメージからまだ回復しきれていない。頭が割れそうだった。だが粉塵の中で敵の位置を知る手段は、ユナの耳しかなかった。
「もう一人は、左の奥」
涼は氷の床を滑りながら、ユナの声を頼りに距離を詰める。力加減が分からないため、最初の一撃は弱すぎて、兵士をよろめかせただけだった。二撃目は振りかぶりすぎて自分のバランスを崩した。三撃目で、ようやく拳が相手の顎を捉えた。
「やったわ!」
思わず冷蔵庫の影からユナとエレーヌが飛び出した。しかしユナの聴力は完璧に敵の位置を把握するには未熟だった。寸分の油断を突き、扉付近に留まっていた第四の兵士が、背後からユナの首に腕を巻きつけたのだ。
「量子キーを渡せ」
銃口をユナのこめかみに押し当て、感情の抜け落ちた声で囁く。
「……渡さない。それを渡せば、世界が終わる」
ユナは震える声で、しかしはっきりと拒絶した。
「ならば、頭を吹き飛ばして血肉の中から拾い上げるまでだ」
男の指が、引き金に致命的な力みを生じさせた。
その時分厚い車窓が、爆発したように内側へと弾け飛んだ。粉々になった防弾ガラスとともに飛び込んできたのは、先端が研ぎ澄まされた鋼鉄のアンカーだった。太いワイヤーを引いた鋼の牙が、ユナを拘束していた兵士のタクティカルベストを貫く。
「なっ……!?」
男が絶叫を上げる間も与えず、ワイヤーは暴力的な力で巻き取られ、体が人形のように宙を舞う。そしてあっという間に夜の闇へと、一直線に引きずり出された。
破壊された壁の外に、雪煙を上げて並走するスノーモービルが見えた。
「ずいぶんと派手なディナーを作っているじゃないか」
操縦桿を握り、片手でウインチを操作していたのは、金髪を雪風に揺らすレオン・ヴァンスだった。
レオンは窓越しの肉声で、悪びれずに軽口を叩いた。
「こんな廃線へ進路を変えるのは不自然だと思い、先回りして待っていた」
「この先、レールの共鳴が……途切れてる」
ユナが悲壮な声を上げる。
「線路がなくなる! あと三十秒で谷底に崩落する」
頭痛は収まっていない。だが必要な音を拾う作業に、神経を集中させていた。
彼女の耳には、車輪が奏でる死のカウントダウンがはっきりと聞こえる。
レオンが、自分の乗るスノーモービルの後部にワイヤーで連結された、もう一台の無人車両(スレーブ機)を顎でしゃくった。
「チケットの確認は後だ! 飛び乗れ、地獄行きの列車から降りる時間だぜ!」




