第8話 道三と号す
天文十八年(1549年)、正月。
美濃国、厚見郡、稲葉山城。
尾張から戻った使者は、旅装も解かずに広間へ上がり、信秀へ話を通すには平手中務丞政秀を介するのが早いと告げた。わしは政秀を通じて、互いの国へ兵を入れぬ約束ができるか探らせた。その返事として届いたのは、信秀の嫡子織田三郎信長に帰蝶を迎えたいという申し入れだった。
国境の寺で政秀と向き合うと、縁組の話に入る前に、清洲との争いへ二度と手を入れぬよう求められた。わしも、美濃でわしに背いた者が尾張を頼った場合にはどう扱うのかと問い返した。
政秀は膝の上で手を組み、静かに言った。
「国境で兵が動くようでは、姫をお迎えしても縁組の意味がございませぬ」
「ならば、姫の支度にかかる前に、互いにどこまで兵を退くか決めよう。まずは中務丞殿から、残す砦の名を挙げてくだされ」
話の終わりに、わしは婿となる者のことを尋ねた。
「三郎殿は、どのようなお方であろうか」
「人の申すことより、御自分の目で確かめたものを信じるお方にございます。それゆえ、手を焼くことも多うございますが」
政秀の表情を見ても、褒めたのか案じたのかは分からない。婿の顔さえ知らぬうちから、守役の言葉だけでその器量を決めるわけにはいかなかった。
* * *
小見の方に話をした後、帰蝶を呼び、尾張へ嫁ぐことをわしの口から伝えた。帰蝶は黙ってわしを見ていたが、しばらくして口を開いた。
「今度は、どのようなお方にございますか」
「わしも、まだ会うておらぬ。顔を知らぬまま嫁がせるのだ。それを、よい話のようには言えぬ」
以前なら、国のためと言って済ませただろうが、返事をせぬまま文箱に残した娘の文を思うと、言葉が続かなかった。帰蝶は頷かず、付いていく女中は誰か、母へ文を届けるのは誰かと尋ねてきた。娘が先に確かめたのは、持たせる道具より、嫁いだ後の暮らしだった。
支度が進む中、お里は蔵から、帰蝶が戻った時のまま包まれていた荷を出してきた。わしが様子を見に行くと、小見の方は娘の着物を一枚ずつ選んでいた。
小見の方は手を止めずに言った。
「帰蝶から文が届いたら、今度はお返事をなさいませ」
わしは言い訳をせず、その日のうちに、尾張から届く文をわしの手元へ届ける者を決めた。
二月、帰蝶が出立する朝、娘は父母の前に手をついた。挨拶を終えるのを待って、わしは錦の袋に納めた短刀を取り出し、その前に置いた。
「三郎殿が、国を預けるに足らぬ者と分かったなら、これで刺せ」
帰蝶は袋の紐に指を掛けたまま、しばらくわしの顔を見ていた。
「お預かりいたします。けれど、この刀は、いずれ父上に向けることになるやもしれませぬ」
婿の膳に毒を入れさせたのは、父であるわしだ。娘にそう言われては、返す言葉もなかった。帰蝶は短刀を懐へ納め、わしの文箱の脇にある白い石へ一度だけ目をやった。
その目が戻る前に、わしは口を開いた。
「尾張から届く文には、必ず返事を出す」
「では、その石の隣に、わたくしの文も置いてくださいませ」
帰蝶はそれだけ言って、供の者に囲まれて門を出ていった。
* * *
その春、わしは髪を落として道三と号した。とはいえ、寺へ籠もるわけではなく、翌朝には国衆の報せが届き、剃り上げた頭を撫でる間もなかった。
小見の方の縁で明智から呼び寄せた若者、明智十兵衛光秀には、近頃、書状の取次を任せている。新しい名で書状を出そうとすると、側に控えていた光秀が筆を止め、宛名の側の呼び方も改めるべきかと尋ねてきた。
わしは書状から目を上げずに答えた。
「名乗りは用が通ればよい。それより、届け先と返事の行き先を間違えるな」
「では、届け先と返事を持ち帰る者の名を先に書き付けてから、殿のお名を記します」
尾張との和睦が整うと、尾張を後ろ盾にしていた国衆から使者が来て、書付を差し出しながら主の言葉を伝えた。
「主は、城と知行をお認めいただければ、今後は尾張の誰とも文を交わさぬと申しております」
わしは出せる人数と役目を確かめてからそれを受けたが、一度頭を下げたというだけで、すべてを信じたわけではない。
* * *
翌天文十九年、御館から来た頼芸の使いは、座に着くと改まった口調で申し渡した。
「年貢と人足に関わる指図を村々へ出す際は、先に御館へ伺いを立てるようにとの仰せにございます」
兵と米を動かしているのはわしでも、守護の名で命じられれば家臣も国衆も無視できないため、返答は保留した。
秋には、翌年正月の饗応の掛かりを京から頼芸へ求めてきたと伝わった。美濃の外で今も頼芸が国の主と認められている以上、わしの差配を退けたい者は頼芸の名を借りれば済む。
御館の主だった家臣を一人ずつ呼び、頼芸に従って美濃を出るか、わしに仕えて残るかを問うた。それぞれの返答に応じ、残る者には知行と役目を認め、出る者には持ち出す荷と供の人数を申し出させた。同時に御館へ入る兵と荷も調べさせ、頼芸が人を集める前に御館の周りを押さえた。
書付の束を抱えて控えていた光秀が、膝を進めて問うた。
「御屋形様を退けるのであれば、その咎を記した書付を家中へお示しくださいませ。国衆を納得させるにも必要にございます」
「咎はない。国の差配をわしの一手に集めたいから退けるのだ。謀反などと書き立てたところで、書付に嘘が残るだけだ」
光秀はそれ以上問わずに頭を下げ、わずかな間を置いて顔を上げた。
長弘を討った時は、頼芸の花押を据えた書付を携えていた。景弘を討った時には、その書付もなかった。今度は花押の主である頼芸を、わしの命令で追い出す。
* * *
御館の奥で鷹の絵に筆を入れていた頼芸は、わしが入ると筆を上げ、こちらを見た。わしはかつてと同じように畳へ手をつき、美濃を退いて近江へ移っていただきたいと申し出た。供の者も道中の支度も、すでに整えてある。
頼芸は筆を持ったまま、しばらく口を開かなかった。
「わしが承知もせぬうちに、供まで決めたか」
「御屋形様に従って出る者と、美濃に残る者とを、確かめてまいりました」
頼芸は筆を置いた。
「そなたにわしの用を直に聞けと言うたのは、このわしだ。そなたを頼りにして、兄も甥も失うた。今度は、この国まで渡せと申すか」
「……この国の差配は、私が引き受けます」
頼芸に恩を知らぬのかと問われ、忘れてはおりませぬと答えたが、退去を求める言葉は変えなかった。頼芸はわしの肩越しに戸口を見た。そこには、わしが付けた供の者と光秀だけが控えている。やがて描きかけの絵を巻き、持ち出す絵と書物は自分で選ぶと言う頼芸に、わしは頷いて座を退いた。
* * *
頼芸の一行を国境まで送らせた後、わしは稲葉山で近江入りの報せを待った。報せが届くと、その日のうちに御館に残った者の役目を改め、村々への指図はすべてわしの名で出すことにした。ただ、頼芸が六角を頼り、兵を連れて戻ることもあろう。近江へ通じる道の様子を探らせる一方、尾張には此度の処置を伝える使いを出した。
数日後、家臣が一枚の紙を持って広間へ入ってきた。
「城下の辻に、このような落首が立っておりました。書いた者は、まだ分かりませぬ」
主を追い、婿を殺したわしを嘲る歌だった。書いた者の口を塞いだところで、国衆を従わせられるわけではない。わしは近頃、誰のもとに人が集まっているのかを調べさせた。
夕刻、広間に揃った家臣たちは、これまで御館へ上げていた訴えをわしの前へ持ち寄った。かつて末席で頼芸の声を聞いていたわしが、今は上座に座り、皆に返答を待たれている。わしは顔を上げ、最初の者に話を促した。




