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近江の山奥から始める近代国家建設 外伝 〜美濃の蝮と呼ばれた男〜  作者: 近江もののふ


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第7話 人を除き、戦に負ける

 天文十六年《てんぶんじゅうろくねん》(1547年)、秋。

 美濃国(みののくに)、厚見郡(あつみぐん)、稲葉山城(いなばやまじょう)。


 十一月十七日の夜更け、燭台の下で国衆への返書を書いていると、頼充の屋形から早馬が着いた。わしは筆を硯へ戻し、使者を広間へ通させた。


 使者は板敷に額をつけたまま、震える声を絞り出した。

「次郎様が、今宵お隠れになりました。数日前から膳に箸をおつけにならず、薬師も手を尽くしたのでございますが……」

「帰蝶は、どうしておる」


 この秋、頼充は守護の跡を継ぐ支度を始め、美濃の国衆を一人ずつ呼び寄せて、奉公先と出せる兵の数を改めさせていた。わしの所領には触れていないが、国衆が皆頼充の帳面へ移れば、わしの手には土地しか残らない。


 御館で訴えても、頼芸は首を縦に振らず、わしに言った。

「次郎は、和議でわしの跡に立てた者だ。そなたの国衆のことは、次郎と話をつけてまいれ」


 頼充を守護に戴けば、いずれわしを除きに来るかもしれない。そう考えたのは確かだが、一度握った国衆の手綱を誰にも渡したくないという思いもあった。頼充の膳に関わる者へ毒を渡した後も、何を待っているのか家臣に悟られぬよう、わしは一日も書状を裁く手を止めなかった。


 それから数日後、帰蝶が戻ってきた。供の者の後ろから門をくぐった娘は、わしの前に座ると、手をついたまま口を開いた。

「殿が伏せられてから、わたくしは幾度も文を差し上げました。父上は、日を決めたら使いを出すと仰せでございましたのに」

「……間に合わなんだ」


 帰蝶がそれ以上何も問わずにいると、小見の方がその肩に手を添えた。

「帰蝶、奥で休みなさい。父上へのお話は、明日でもできましょう」


 二人が奥へ下がると、わしは頼充方の国衆へ出す書状を選び始めた。文箱には返事を書かなかった帰蝶の文が残り、脇には白い石が置いたままだったが、どちらにも手を伸ばさなかった。


 * * *


 翌天文十七年《てんぶんじゅうしちねん》二月、東美濃の国衆から、召集には応じるが、その前に正義の指図を聞きたいとの返事が届いた。正義が背いたわけではなく、城の普請も戦の備えも任せた結果、その土地では正義の言葉が通るようになっただけだ。


 正義からも同じ日に返書が届き、そこにはこう記されていた。

「こちらの人数は私のもとでまとめ、殿の御用に間に合うよう送り出します」


 烏峰の普請場でなら頼もしく聞けた申し出も、今のわしには、国衆が手から離れていく兆しとしか読めなかった。


 そこへ久々利悪五郎頼興《くくりあくごろうよりおき》の使いが来て、座に着くなり主の言葉を伝えた。

「烏峰の大納言様は、主の兵まで御自分の名で動かそうとなさいますので、このままでは久々利の家が立たぬと、主は申しております」


 仲裁することも、正義を呼んで問いただすこともできたが、わしはどちらも選ばず、使いに告げた。

「烏峰に誰が座ろうと、悪五郎の所領と役目は取り上げぬ。帰って、そう伝えよ」


 後日、正義が久々利で殺されたとの報せが届くと、広間に詰めていた家臣の一人が膝を進めた。

「烏峰へ兵を出しますか。悪五郎を、このままにはしておけませぬ」

「兵は出さぬ。烏峰の者が散らぬよう、先に役目を決めてやれ」


 その夜、後任へ渡す書付の束を揃えていると、正義から以前届いた兵糧の見積もりが出てきた。わしの返事を待たずに決めてよいと言ったのは、ほかならぬわしだったが、その一枚だけは畳んで束から外した。


 * * *


 夏までに、わしは利茂方の家臣を一人ずつ訪ね、主が替わっても知行と奉公の口は残すと伝えて回った。景弘を除く前にも同じことをしたが、今度はそれを斎藤の家中で繰り返している。


 利茂が最後に姿を見せたのは御館の広間で、わしが国衆を直に動かしていることを、皆の前で咎めた。

「斎藤の名を受けたからといって、家中の沙汰までお主一人のものではない。国衆へ出す指図は、以後わしを通せ」


 わしは頭を下げたものの差配は戻さず、七月を過ぎた頃、内々に利茂を討たせた。翌朝の広間で、昨日まで利茂に従っていた者たちへ役目を割り振ると、皆が一様に頭を下げた。だが、進んで従った者と、逆らえずに従った者の見分けは、わしにもつかない。


 * * *


 八月、織田弾正忠信秀《おだだんじょうのじょうのぶひで》が美濃へ入ると、わしは大野郡(おおのぐん)の国衆を集めて迎えたが、饗庭(あいば)で押し負けた。加納口のように敵が背を向ける時を待てばよい戦ではなく、押された持ち場へ回した兵も崩れ、使者の戻らぬ口がいくつも出た。


 陣へ戻った家臣が膝をつき、攻め直しを求めた。

「今一度かかれば、押し返せます。兵をお預けくだされ」

「まず戻った者を数えよ。まだ戻らぬ者まで、次の備えに入れるな」


 わしの指図を受ける者は増えたのに、戦場で動かせる兵は減っている。屋敷へ帰ると、お里が戻った兵の家と帰らぬ兵の家へ渡す米を帳面の上で分けていたので、わしは並んだ村の名を見ながら、冬まで兵を留められるかと尋ねた。


 お里は筆を止めずに答えた。

「米のある家はございますが、それを運ぶ人まで残っているとは限りません」


 * * *


 秋、わしは尾張へ密使を出し、信秀が美濃へ出ている間の備えを確かめたうえで、清洲の織田に留守を突くよう話を持ちかけさせた。返事が来ても敵が退くとは限らず、美濃の守りは緩めなかった。


 それでも十一月、大垣をめぐる攻防で押し返された。やがて清洲勢が信秀の留守を攻めたとの報せが届いたが、織田勢は退かず、わしは牧野(まきの)でも敗れて長瀬城(ながせじょう)を失った。尾張へ打った手と目の前の戦は、別々に進んでいく。


同じ頃、頼充の弟、土岐八郎頼香(ときはちろうよりたか)が、兄に従っていた家々へ指図を出していると分かった。わしは頼香を井口(いのくち)へ呼び寄せ、供の者は別の部屋へ通させた。


 座敷に一人残された頼香は、廊下の気配を窺い、声を荒らげた。

「供はどこへやった。兄の跡のことを話すために、わしを呼んだのではなかったのか」


 わしは答えずに、控えていた家人へ目で合図を送った。その日のうちに、頼香は腹を切った。


 事が済んでから頼芸へ報告すると、しばらくわしの顔を見ていた頼芸は、やがて低い声で問うた。

「八郎は、わしの甥ぞ。そのような沙汰を、わしに知らせずに決めたか」

「御屋形様のお手を煩わせぬよう、私が引き受けました」


 わしは畳に手をついた。長弘を討った時は頼芸の花押を据えた書付を携えていたが、今ではその頼芸が、事の済んだ報告を聞かされている。


 * * *


 年の暮れ、織田勢が引き上げていった。だが、尾張の争いに助けられたのだとしても、焼かれた村と失った城が戻るわけではない。


 退く敵の様子を見てきた家臣が、息を弾ませて陣へ戻り、報告した。

「織田勢は尾張への道を急いでおりますので、今追えば、まだ背を打てまする」

「手元の人数で追えるのは川の手前までだが、その前に渡しと道を押さえる者を残しておけ。敵が退いたと聞いただけで、兵を皆帰すわけにはいかぬ」


 夜、正義が預かっていた東美濃の兵の書付を開いた。正義がいれば誰に任せるか迷わずに済んだが、その正義を除くと決めたのもわしだ。わしは新しく任せる者の名を書き加えた。


 奥から足音が近づいてきたが、小見の方と並んで廊下を通る帰蝶は、もう父の手を引きに来ない。わしは声を掛けかけたものの、代わりに使者を呼んだ。

「尾張へ行き、今の弾正忠が誰を通せば話を聞くか、調べてこい」


 使者が退くと、わしは文箱の脇にある白い石を少し横へ寄せて、返書を書く場所を空けた。

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