第6話 勝った相手と結ぶ
天文八年(1539年)、冬。
美濃国、厚見郡、稲葉山の麓、普請場。
坂の口には山へ上げる材木が積まれ、米俵を負った馬が手前で足踏みしている。米が人足に届かなければ、明日の普請は止まる。所領と役目の沙汰は和議のあとも下りていないが、次の攻めに備える城と城下は、その沙汰を待たずに整えねばならない。
わしは普請を預かる者を呼び、坂の口を指した。
「木を積んで道を塞ぐな。山の上で待つ者は、腹が減っておっては綱も引けぬ。先に米を通し、木はその後で上げよ」
屋敷へ戻ると、お里が帳面を開いて待っていた。そこには、普請に出す米と屋敷の飯代が、別々の欄に書き分けてある。
帳面に目を通しながら奥を窺うと、小見の方が灯りを手に出てきた。
「帰蝶は、殿のお帰りまで待つと申しておりましたが、先に眠ってしまいました。庭で拾った石を、殿にお見せすると言って握ったままです」
寝所を覗くと、帰蝶の小さな拳から、角の取れた白い石が見えた。起こさぬように指をほどいて石を取り、文箱の脇へ置いた。
* * *
天文十年、本願寺証如から贈り物が届いた。使者は座に着くと、わしを斎藤左近大夫様と呼び、口上を述べた。京でも本願寺でも、この名で通るようになっている。わしは礼状にもその名を用い、御館への報告も同じ日に済ませた。
屋敷へ人が集まり始めたとはいえ、土岐の家中には斎藤帯刀左衛門尉利茂も彦九郎もいるうえ、頼充方からは、わしの下の国衆へ直接、兵を集める指図が届き始めた。
困り果てた国衆の一人が、指図の書付を持って屋敷を訪ねてきた。
「村に残る男だけでは、両方に人を出せませぬ。御屋形様と次郎様、どちらの御用を先に果たせばよろしいのでございますか」
わしは御館へ上がり、頼芸に裁きを求めた。
「次郎様から、私の下の国衆へ直に兵を集める指図が届いております。御屋形様から、その指図をお止めいただけませぬか」
「次郎と事を構えるな。せっかくまとまった和議を、そなたが崩してはならぬ」
かつて景弘は、わしが遣った家臣を自分の名で呼び戻した。今度はわしが呼び戻される側だ。和議に安んじていれば、いずれ国衆ごと頼充に取られるだろう。
* * *
天文十一年正月、年始の挨拶に来た者たちを送り出した夕暮れ、稲葉山城の西の櫓へ上がった。伊吹の山並みの向こう、近江の方角の空が、血を流したように赤く染まっている。見慣れた夕焼けかと思ったが、日が沈みきっても色が引かない。
供の家臣が、赤い空を見つめたまま声を落とした。
「殿、あれは凶事の兆しではございませぬか。年の始めに西の空がああも赤く染まると、戦を呼ぶと申します」
「空が兵を動かすなら、わしは毎晩ここで見張らねばならぬな。戦を起こすのは人だ。明朝、近江との境へ使いを出し、変わったことがないか聞いておけ」
それでも櫓を降りる前に、わしはもう一度だけ西を振り返った。赤い色は、山の端に細く残るばかりだった。その夕刻、近江の山奥で一人の子が生まれていたと知るのは、ずっと後のことだ。
* * *
天文十二年、わしは大桑城へ兵を向けた。退ける相手は頼充一人とし、御館には手を付けぬよう命じた。各持ち場から届く報せを聞き、崩れかけた口には兵を、荷の詰まった道には人足を回し直した。
東美濃の正義には、どの国衆を動かし、誰を守りに残したか知らせるよう命じた。やがて届いた返書には、各家から出した人数と、城に残した者の名が記されていた。
城が落ちた日の夕刻、陣へ駆け込んできた使者が、息を整えて報告した。
「大桑城は落ち、次郎様はわずかな供を連れて尾張へ退かれたとのことにございます」
「尾張へ逃げたなら、そこから戻ることもできる。渡しの者には、兵や荷の動きを知らせるよう申し付けよ」
国境の道と渡しへ見張りを出すよう命じると、別の家臣が陣幕の内へ入ってきた。
「兵を休ませるわけには参りませぬか。刈り入れを控えた村々から、男を返してほしいとの声が届いております」
「まず、どの村へ何人戻せるか調べてこい。その数が分かれば、残す者も決められる」
皆を留め置けば村の仕事が止まり、皆を帰せば次の戦に間に合わぬ。
* * *
天文十三年九月、北から朝倉の兵が、南から尾張の織田勢が美濃へ入った。別々の使者が報せを持ってきたが、どちらも敵の人数までは確かめていなかった。やがて城下の南に煙が上がり、焼かれた村の名が次々に届いた。
広間に詰めた家臣の一人が、膝を進めて出撃を求めた。
「このままでは城下まで焼かれます。今すぐ打って出るべきかと」
「敵の数も分からぬまま出て、何を討つ。まず、敵が尾張へ引き返す道がまだ開いておるか確かめてこい」
奥のことは、残した米と奉公人をお里に、帰蝶を小見の方に任せた。帰蝶は母の袖を掴んだまま、具足を着けるわしを黙って見ていた。
夕刻、織田勢の一部が退き始めたと報せが入った。使者を呼び止め、残る兵も背を向けているのかと問うと、城下に留まる備えと、引き上げる備えとに分かれているという答えが返ってきた。
わしは立ち上がり、家臣たちに命じた。
「今だ。残った備えへ掛かれ。首を拾うて足を止めても、手柄とは認めぬ」
門を抜けると、煙で先が見えなかった。味方の声は槍のぶつかる音に紛れ、報せも途切れがちだった。わしは手元の兵を前へ送りながら、退いてくる味方を呼び止め、どこで押し返されたかを答えさせた。
やがて敵の声が遠のき、追う味方の足音が響き始めた。勝ちが決まると、わしは追撃する者と持ち場へ戻る者を分けた。夜になって、川で多くの敵が溺れたという報せが届いた。わしは討ち取った首の数とは別に、その報告を聞いた。
翌日、家臣の長井久兵衛秀元が、他国へ戦果を伝える書状を整えて持ってきた。
「討ち取った首と、川で溺れた者の数は分けて記しました。この戦の次第を、他国にも正しく知らせとうございます」
書状に目を通すわしの手元には、味方の死傷者と焼かれた村を記した書付も並んでいた。安堵した顔の家臣たちに、まず帰す兵と留め置く兵を決めるよう命じた。
* * *
勝っても争いは続き、兵を養う米の確保と村々の立て直しが重荷となった。天文十五年に和議が進み、頼充の美濃帰還と頼芸の跡を継ぐことが改めて示されると、わしは所領と役目の扱いを確かめて和議を受け入れた。その縁を固めるため、帰蝶を頼充へ嫁がせることも決めた。
小見の方には、書状を読み上げず、自分の言葉で伝えた。話を終えてもしばらく返事はなかったが、やがて小見の方が顔を上げた。
「帰蝶には、もうお話しになりましたか」
「まだだ。先にそなたへ話そうと思うてな」
「それなら、すぐにお話しくださいませ。人の口から先に聞かされては、あの子も困りましょう」
呼ばれてきた帰蝶に、土岐の家へ嫁ぐことを告げると、帰蝶は膝の上で手を重ねた。しばらく黙っていたが、やがてわしに尋ねた。
「父上は、いつお出でになりますか」
「日を決めたら、先に使いを出す。その時は、庭の石でも用意しておけ」
小見の方とお里が支度を進める間に、わしは付ける者と持たせる品を一つずつ確かめた。
出立の朝、帰蝶は母へ手をついて挨拶すると、供の者に囲まれて門を出ていった。わしの手を引いて庭へ連れていった娘が、今は一度も振り返らずに歩いている。
帰蝶を見送って屋敷へ戻ると、支度に使った帳面をお里へ返した。昨日まで敵だった家々とも、これからは書状を交わさねばならない。文箱の脇には、あの白い石がまだ置いてある。わしはそれを避けて、頼充へ出す書状を手元へ引き寄せた。




