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近江の山奥から始める近代国家建設 外伝 〜美濃の蝮と呼ばれた男〜  作者: 近江もののふ


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第11話 范可

 天文二十四年《てんぶんにじゅうよねん》(1555年)、秋。

 美濃国(みののくに)、厚見郡(あつみぐん)、稲葉山城(いなばやまじょう)。


 家督を継いだ義龍には、すでに治部大輔(じぶのたいふ)を名乗らせてある。この秋からは龍重に左京亮(さきょうのすけ)、龍定に一色右兵衛大輔《いっしきうひょうえのたいふ》を名乗らせ、家中にもその名で呼ぶよう触れを出した。京から任官の沙汰があったわけではない。それでも、名が変われば人の頭の下げ方も変わる。


 武井肥後守夕庵《たけいひごのかみせきあん》が、弟たちへ渡す書状を整えながら手を止めた。

「御用をお渡しになるなら、先に治部大輔様へもお通しくださいませ。このままでは、家臣はどちらへ返答すべきか迷いましょう」

「わしの用だ。返答もわしへ持ってこさせればよい」


 義龍を廃嫡すると告げたつもりはない。弟たちに仕事を与えたのも、義龍に任せきれぬ分を補わせれば家は回ると考えたからだ。だが、龍重も龍定も、わしから直に受けた仕事を兄へ報せなくなっていた。


 ある日、義龍は広間で龍定を呼び止め、受けた指図を自分にも知らせるよう求めた。龍定は振り返って兄の顔を見上げ、答えた。

「父上から直に仰せつかったことにございます」


 龍定を咎めることなく、わしは居並ぶ家臣たちの前で義龍に言った。

「右兵衛大輔がすでに済ませた仕事だ。お主が取り上げるには及ばぬ」


 わしは家中の前で、家督を継いだ兄の言葉よりも、父の後ろ盾がものをいうと示してしまった。


 * * *


 数日後、長井隼人佐道利《ながいはやとのすけみちとし》が義龍の申し入れを伝えに来た。家臣に命じる際は当主にも知らせてほしいと、また求めてきたのだ。

「治部大輔様から返答を求められ、困っておる家臣もおります」

「ならば治部大輔に、わしの用には口を挟むなと伝えよ」


 道利は承知して下がったが、義龍にどう伝えたかは、わしには分からない。


 十月十三日、義龍が病で奥へ引き籠もったとの報せが届いた。具合を尋ねさせたものの、返事は面会を控えたいというものだった。弟たちに仕事を渡せば、義龍が出てこなくとも用は済む。わしは見舞いに行くつもりでいながら、後へ延ばした。


 十月二十三日には元号が弘治(こうじ)に改まった。夕庵が書状に新しい年号を書き入れる傍らで、わしは義龍の返答を待っていた書状を龍重へ回した。


 * * *


 十一月二十二日、城を下りて麓の私宅にいたわしのもとへ、昼過ぎに義龍方の使者が来た。庭先に膝をつき、龍重と龍定を討ち果たしたと告げた。


 わしは使者の口上を遮り、問い返した。

「左京亮だけでなく、右兵衛大輔まで討ったのか」

「はい。お二方とも、お亡くなりにございます」


 次の命を出せぬまま、兄弟の対面には次の間まで付き添った者がいるはずだと考えた。使者に何を見たか尋ねると、口上を預かっただけで、座敷の内は見ていないとの答えだった。


 やがて城から逃れてきた奉公人が、土に手をついて語り始めた。

「兄上様が病の床で言い残したいことがあるとのことで、隼人佐様がお二方の見舞いを取り次がれました」

「二人は奥へ通されたのか」

「はい。次の間で刀を置かれ、奥へ入られたところを、日根野様が……」

「斬るところを見たのか」

「いえ。わしが見たのは、お二方が刀を置かれたところまでにございます」


 斬ったのは日根野備中守弘就《ひねのびっちゅうのかみひろなり》だという。供を引き離し、刀を置かせてから奥へ通したと聞き、井口へ頼香を呼び寄せた時のことを思った。同じ手順を命じたのは、わしだった。お里には奥の者の所在を確かめさせ、利堯と利治にも使いを走らせた。


 * * *


 手元へ集まれる者を呼ばせ、稲葉山にも使いを出した。だが、城門は義龍方が押さえ、こちらの使いを中へ通さなかった。家臣の一人を呼びにやった者も、その家の者から、主はすでに義龍のもとへ上がったと聞いて戻ってきた。以前なら、わしの名一つで人が集まった。わしは戻った者と行方の知れぬ者の名を、それぞれ控えさせた。


 家臣の一人が膝を進め、申し出た。

「せめて、左京亮様と右兵衛大輔様のお亡骸だけでも、お迎えに参りとうございます」

「今は城へ入る手立てがない。先に、生きておる家の者を退かせよ」


 義龍がすぐに兵や荷を集められぬよう、わしは城下へ火を放つことにした。命を受けた家臣が顔色を変えた。

「まだ町の者が残っております」

「逃げ道は塞ぐな。だが、火は放て」


 夜、燃え始めた町を背に坂を下った。かつて米や材木を運ばせ、城を整えた道を、今は城へ戻れぬまま下っている。運び出せなかった荷も、町の家々も焼けていく。わしは残った兵を率いて長良川(ながらがわ)を越え、山県(やまがた)の山中へ退いた。


 * * *


 山中の陣所から人数と兵糧を求める書状を出すと、書役に届いた返書を一通ずつ読み上げさせた。

「こちらの家は、当主の命をすでに受けているため、人数は出せぬと申しております。次の家は、病の者が多く、遅れるとのことにございます」


 使いさえ戻らぬ家もあった。それでも、返書が一通読み終わるたびに、わしは次の家の名を尋ねた。


 夕庵には書状を携えて陣所へ来るよう伝えさせたが、戻った使いは入口で膝をつき、こう報告した。

「肥後守殿は城に留まり、治部大輔様の書状を扱っておられます。こちらへは参れぬとのお返事で、それ以上は何も仰せになりませなんだ」


 夕庵が来ぬ理由を問い直したところで、使いにその胸の内までは分からぬ。かつてわしの言葉を書状にしていた者が、今は義龍の指図を紙に移している。


 陣所へ退いてきたお里は、隅で炊く米の量を確かめていた。やがて升を置き、わしの前に座って尋ねた。

「孫四郎様と喜平次様は、何か言い残しておられましたか」

「わしも、最後には会えておらぬ」


 戦の報せを聞けば、次の指図は出せる。お里の問いには、もう何も言葉を返せなかった。


 * * *


 十二月、義龍が美江寺(みえじ)への禁制に范可(はんか)と記したとの報せが届いた。ただ、その名を誰が選び、義龍がどのような思いで記したのかまでは分からなかった。


 わしは報せを持ってきた者に確かめた。

「治部大輔のもとには今も家臣が集まり、寺への指図も出しておるのだな」

「そのように承っております」


 病と聞き、わしが代わりに用を済ませていた義龍が、今は自分の命で家中を動かしている。もはや父の手を借りてはいない。わしは美濃の有り様を尾張の婿へ知らせるため、書状を書いた。


 文箱も白い石も稲葉山に残したまま、わしは借り物の硯で墨を摺り、返事のない家々へ再び書状を出す支度をしていた。書役は、先の使いが戻らぬうちに、同じ命をもう一度出すのかと尋ねた。


 わしは書き続けながら、書役に答えた。

「もう一度使いを出せ。来られぬなら、そう返答させて持ち帰れ」


 倅の筆を直していた手で、わしは書状に花押を据えた。今、その書状で返答を求めているのは、戻らぬ者たちだ。使いに託して送り出すと、わしは陣所で次の報せを待った。

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