第8話 大盾には通じない
研究棟へ行く約束をした翌日。
俺はまた訓練場に立っていた。
「今日は壁じゃなくて盾か……」
目の前にあるのは、人の体をほとんど隠せるほど大きな盾だった。
その後ろから、がっしりした男子生徒が顔を出す。
「俺はガレス・ボルン。二年だ」
「レイン・アークライトです」
「知ってる。最近よく名前を聞くからな」
合同実習で俺を見ていた教師が、別の相手との模擬戦を提案してきた。
理由は単純。
「今のレインが、防御に特化した相手へどこまで対応できるかを見る。制限時間は三分。決着がつかなければ引き分けだ」
ガレスの固有魔法はCランク《硬化》。
手に持っている大盾そのものは普通の訓練用らしいが、《硬化》を使うことで強度を大きく上げられる。
つまり。
「壊せばいい?」
「やってみろ」
ガレスが笑った。
「壊せるならな」
かなり自信があるらしい。
俺も少し楽しみになってきた。
「始め!」
まずは普通に集束。
真正面。
「そこ!」
波を放つ。
ドンッ!
大盾が低い音を立てる。
ガレスの体がわずかに後ろへ動いた。
でも、それだけだった。
「硬っ」
「名前通りだろ」
盾の表面に傷はない。
もう一発。
今度はさらに細く集める。
ドンッ!
同じ。
「真正面じゃ無理か」
「だったら、いつものを使えばいい」
ガレスが盾の後ろで言う。
知ってるのか。
「壁で跳ね返すやつだろ?」
「有名になってるな」
「対策くらい考える」
なら試す。
左側の壁へ波を撃つ。
反射。
ガレスの横へ回り込む。
その瞬間。
大盾が動いた。
ガンッ!
「えっ」
反射波まで盾で受けられた。
「盾を正面にしか向けられないと思ったか?」
「ちょっと思った」
「正直だな!」
ガレスは盾を持ったまま器用に向きを変える。
反射経路を見てからでも間に合うらしい。
「じゃあ二方向」
一発目を右の壁へ。
二発目を左へ。
ガレスが周囲を見る。
盾を一つしか持っていないなら、同時に二方向は守れない。
――と思った。
「ふん!」
ガレスが一歩下がり、盾を斜めに構える。
一発目。
盾の端。
二発目。
体をひねって反対側。
両方防がれた。
「上手いな」
「防ぐのだけは得意なんだよ!」
「それ褒めてる?」
「自分で言ってて少し悲しくなった!」
でも強い。
今までの相手は、攻撃のどこかに隙があった。
ノアは反射を知らなかった。
ディルクは反射対策をしたが、複数の波への対応までは間に合わなかった。
ガレスは違う。
最初から攻撃するより、守ることだけに集中している。
なら。
「重ねる」
一発目を遠回り。
二発目を直接。
到達する時間を合わせる。
「来い!」
二つの波が盾の中央で重なる。
ドンッ!!
さっきより大きな音。
ガレスの足が地面を滑った。
「おおっ!?」
効いた。
でも倒れない。
盾も壊れない。
「今のはちょっと危なかったぞ!」
「ちょっとか……」
一発ずつよりは強い。
だけど、突破するには足りない。
もう一度。
今度は三発。
経路を変えて、同じ場所へ近い時間で集める。
完全には合わない。
それでも今までで一番強い。
ドンッ!
盾が大きく揺れる。
「ぐっ……!」
ガレスが踏ん張った。
俺は期待して盾を見る。
傷は――ほとんどない。
「硬すぎない?」
「だから《硬化》なんだよ!」
ガレスも少し息を切らしている。
全く効いていないわけじゃない。
でも、俺の方が魔力を多く使っている。
このまま殴り続けたら、先に俺が尽きる。
「あと一分!」
教師の声が飛ぶ。
残り一分。
真正面は無理。
左右からの反射も防がれる。
重ねても突破できない。
「下なら?」
床へ撃つ。
低い角度で跳ね返す。
ガレスの足元へ。
「それも見た!」
大盾の下端が地面へ落ちる。
ガンッ!
防がれた。
「隙ないな」
「そこまで言われると嬉しいな!」
ガレスは攻撃してこない。
俺を倒すより、最後まで守り切るつもりらしい。
残り時間が減る。
俺はもう一度、波を重ねた。
防がれる。
反射。
防がれる。
真正面。
もちろん防がれる。
「十秒!」
「何かないか……」
盾を見る。
大きい。
幅もある。
地面すれすれまで覆える。
今の俺の攻撃は、結局どこから撃っても一直線だ。
正面からでも。
壁を使っても。
床を使っても。
最後には盾まで一直線に届く。
「三、二、一――そこまで!」
教師が腕を上げた。
「時間切れ。引き分け!」
俺は大きく息を吐いた。
「……通らなかった」
ガレスも盾を下ろす。
「いや、最後の重ねるやつは本当に怖かったぞ」
「でも防げた」
「俺は防御専門だからな。逆にお前を倒せてもいない」
「それでもなあ」
負けではない。
規定上は引き分け。
でも俺の感覚では、完全に止められた。
集束。
反射。
重ねる。
今まで見つけた使い方を全部試して、それでも盾の向こうへ一発も通せなかった。
「レイン」
セリアが近づいてくる。
「悔しい?」
「少し」
「珍しいわね」
「でも、それより気になる」
「何が?」
「盾の後ろに当てる方法」
セリアが小さく息を吐く。
「やっぱりそっちなのね」
訓練場を出ても、頭から盾が離れなかった。
上から?
高く撃って落とす?
でも俺の波は途中で曲がらない。
もっと壁を使う?
盾の周囲全部を反射経路にする?
でも距離が増えれば精度も威力も落ちる。
「一直線じゃ駄目なんだよな……」
「また考えてる」
「盾の後ろへ直接届けばいいんだけど」
「盾があるから届かないのでしょう」
「そうなんだよ」
研究棟へ向かう途中、学院の中庭を通る。
中央には小さな噴水があった。
丸い水盤の中心に、太い石柱。
上から落ちた水滴が、水面に波紋を作っている。
俺は何となくそれを見る。
波紋が広がる。
石柱へ当たる。
当然、そこで止まる。
――はずだった。
「……ん?」
足が止まった。
「どうしたの?」
「ちょっと待って」
水面を見る。
また波が広がる。
石柱へぶつかる。
柱の真正面では遮られる。
でもその両側から進んだ波が、柱の後ろへ回っている。
そして。
「……後ろにも波がある」
「え?」
セリアも水面を覗き込む。
石柱の陰。
本来なら波が届かないように見える場所にも、小さな揺れが続いている。
「横から回っただけじゃない?」
「そう。横から回ってる」
俺はしゃがみ込んだ。
胸が少し速くなる。
壁は反射する。
それは知った。
でも波は、跳ね返るだけじゃない。
「波って……」
前世の記憶が、ほんの少し戻ってくる。
授業。
水槽。
隙間。
障害物。
「確か、障害物の後ろにも回り込むんじゃなかったか?」
セリアがこちらを見る。
「つまり?」
俺の頭に浮かんだのは、さっきの大盾だった。
壊さなくていい。
横から直線で狙う必要もない。
もし、波そのものが盾の端を回り込めるなら。
「……盾の後ろに、撃てるかもしれない」
ただし、水面で柱の裏へ回った波は、元よりずっと小さく見える。
広く回せば、それだけ散るのかもしれない。
なら、回り込ませることと威力を保つことは、同時にはできない可能性がある。
それでも。
新しい実験には十分だった。




