第7話 反射はもう知られている
数日後。
俺たち基礎課程の下位クラスと、上位クラスの合同実習が行われることになった。
「今回の課題は対人戦だ。ただし、勝敗だけで評価はしない。これまでに学んだ魔法の運用と、相手への対応を見る」
担当教師の説明を聞きながら、俺は訓練場を見回す。
壁がある。
床も石。
条件は悪くない。
「また壁を見てる」
隣のセリアに言われた。
「癖になったかもしれない」
「普通は対戦相手を見るものよ」
「始まったら見る」
「そうして」
俺の名前が呼ばれた。
「レイン・アークライト。対戦相手は上位クラス、ディルク・ハーゼン」
向かい側から、一人の少年が歩いてくる。
俺より少し背が高い。
同学年だが、上位クラスの徽章をつけていた。
「Cランク《衝撃弾》」
教師が能力を読み上げる。
ディルクは開始位置に立つと、最初から訓練場の中央へ移動した。
「そこ?」
「君の戦いは見た」
即答だった。
「壁を使うんだろ?」
「ああ」
「なら近づかなければいい」
なるほど。
俺がノアに勝った方法は、もう知られているらしい。
中央なら、どの壁からも距離がある。
反射させればそれだけ到達まで時間がかかるし、軌道も読みやすい。
「ちゃんと対策されてるな」
「当たり前だ。Fランク相手だからって油断する気はない」
嫌な相手だ。
いい意味で。
「始め!」
ディルクの前で魔力が動いた。
俺は反射的に身をずらす。
「《衝撃弾》!」
透明な塊が、さっきまで俺がいた場所を通過した。
速い。
カイルの《炎槍》ほどではないが、まともに食らいたくはない。
「やっぱり避けるか」
ディルクは驚かなかった。
二発目。
今度は少し横へ撃ってくる。
俺が避ける方向まで考えている。
「おっと」
ぎりぎりでかわす。
俺も波を撃つ。
反射。
しかしディルクは軌道を見て、一歩だけ移動した。
簡単に外れる。
「やっぱり分かるよな」
「壁に撃つのを見ればな!」
次の《衝撃弾》。
避ける。
もう一度反射。
また避けられる。
単純な反射だけでは無理だ。
でも、別に困らない。
昨日の実験記録を思い出す。
直接撃った波と、一度反射させた波。
同じ場所へ重ねるには、経路の長い方を先に出す。
ここは昨日より壁まで遠い。
反射経路も長くなる。
なら二発目は――昨日より少し早め。
俺は左の壁へ波を撃った。
当然、ディルクの視線がそちらへ向く。
反射波が長い距離を進む。
その少し後。
今度はディルクへ直接、弱い波を撃つ。
「正面?」
ディルクが横へ動こうとする。
でも、狙っているのは今いる場所じゃない。
避ける先だ。
一発目が壁から戻る。
二発目が正面から届く。
二つの波が、ディルクの右側で重なった。
バンッ!
「なっ!?」
空気が弾け、ディルクの体が大きく揺れる。
直撃ではない。
でも一発ずつより明らかに強い。
「何だ今の!?」
「二発重ねた」
「二発……?」
ディルクの顔つきが変わった。
今度は俺だけでなく、壁と俺の両方を見る。
いい。
また見る場所が増えた。
でもさすが上位クラス。
すぐに距離を取り直す。
「《衝撃弾》!」
魔力が集まる。
この魔法も、何度か見た。
発動直前の揺れ方は少しずつ分かってきている。
ただ、カイルの《炎槍》ほど単純じゃない。
ディルクは狙いを直前で変えてくる。
俺が横へ動いた瞬間、魔力の向きもわずかに変わった。
「まず――」
完全には避けられない。
なら。
俺は小さな波を、飛んでくる《衝撃弾》の脇へぶつけた。
正面から止めるんじゃない。
そんな火力はない。
ただ、《衝撃弾》の周囲で揺れている空気へ横から波を重ねる。
ドンッ!
「うわっ!」
《衝撃弾》の軌道が、ほんの少しだけずれた。
肩のすぐ横を抜けていく。
「……今、俺の魔法に何をした?」
「分からない」
「は?」
「たぶん、周りの空気を揺らした」
「たぶん!?」
俺自身、完全には分かっていない。
《衝撃弾》が空気を押し固めるような魔法だから影響したのか。
魔法そのものへ波が触れたのか。
他の属性でも同じことができるのか。
今の一回だけでは、何も断定できない。
「あとで試したいな」
「試合中だぞ!」
「分かってる」
ディルクの声が少し焦っている。
俺はまた壁へ一発。
今度は右。
ディルクが距離を取る。
そこへ直接一発。
さらに、床へ弱い一発。
「三つ!?」
「全部は重ねない」
一つは囮。
どれが本命か分からなくする。
ディルクは反射波を避け、直接波もかわす。
その動きで、三発目の到達地点へ入った。
「そこ」
俺は最後にもう一発、直接撃つ。
二つの波がほぼ同じ瞬間に重なった。
ドンッ!
「ぐっ!」
ディルクの体が後ろへ押される。
体勢が崩れた。
その瞬間を逃さず、俺は集束した波を正面から放つ。
バンッ!
「っ!」
ディルクが地面へ片膝をついた。
「そこまで!」
教師の声が響いた。
一瞬、静かになる。
それから周囲がざわつき始めた。
「……勝った?」
俺が呟くと、ディルクが顔を上げた。
「その言い方、腹立つな……」
「ごめん」
「謝るなら最初から言うな」
ノアと似たことを言われた。
俺は手を差し出す。
ディルクは少し迷ってから、それを掴んだ。
「反射だけじゃなかったのか」
「最近増えた」
「最近?」
「数日前」
「数日前!?」
なぜかさらに嫌そうな顔をされた。
訓練場の端では、セリアが記録用紙へ何かを書き込んでいる。
「最後の重なり、どうだった?」
俺が戻ると、セリアはすぐに答えた。
「二発目が少し早い。あとほんの少し遅ければ、もっと中心で重なったと思う」
「やっぱり?」
「それと途中で《衝撃弾》へ波を当てたでしょう」
「あれ?」
「再現できる?」
「……分からない」
「なら『要検証』」
「はい」
いつものやり取りをしていると、知らない声が割り込んだ。
「君たち、少しいいかな」
振り向く。
教師たちの近くに、一人の男が立っていた。
三十代くらいだろうか。
教師用の制服ではなく、白い研究外套を羽織っている。
「誰ですか?」
「魔法基礎研究科の教員だよ。合同実習の記録を見に来ていた」
男は俺ではなく、さっき波を重ねた場所を見る。
「今の攻撃。二つの魔法を別々に放って、到達する瞬間だけ重ねたね?」
「はい」
「威力が上がることは、どうやって知った?」
「水の波が重なるのを見て」
「水?」
「あと、逆に弱くなることもあります」
男の目が変わった。
「弱くなる?」
「タイミングがずれると。まだ条件はちゃんと分かってないですけど」
「記録は?」
俺がセリアを見る。
セリアが無言で紙束を持ち上げた。
「あります」
「君が記録しているのか」
「放っておくと、この人は何も残さないので」
「余計なことまで言わなくていいだろ」
研究科の男が笑う。
それから、改めて俺を見る。
「レイン・アークライト君」
「はい」
「一度、研究棟へ来ないか?」
「研究棟?」
「君がやっていることを、もう少しきちんと調べてみたい」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の頭に浮かんだのは、難しそうな研究者でも立派な設備でもなかった。
「そこ、壁いっぱいあります?」
男が止まった。
「……壁?」
「材質違いで」
セリアが額へ手を当てる。
「レイン」
「だって必要だろ」
男は数秒黙ったあと、大きく笑った。
「あるよ。君が喜びそうなものが、たくさんね」
それなら。
「行きます」
返事に迷う理由はなかった。




