第3話 正面から撃つ必要はない
入学時実戦試験の朝。
訓練場へ入った俺は、対戦相手より先に周囲の壁を確認していた。
昨日見た通り、石造りの壁がいくつも配置されている。高さは俺の背丈より少し上。幅も十分。正面だけじゃなく、左右にも使えそうな壁がある。
「……いいな」
「何がだ?」
隣にいた男子生徒が怪訝そうに聞いてきた。
「壁」
「は?」
「いや、気にしないで」
説明してもたぶん伝わらない。
訓練場の中央では、担当教師が試験の説明をしていた。
「勝敗だけで評価は決めない。魔法の制御、判断、応用力を見る。危険だと判断した場合はこちらで止めるから、無理はするな」
試験は一対一。
相手を戦闘不能にするか、降参させれば終了らしい。
次々に名前が呼ばれ、火球や水弾、土壁が飛び交う。
やっぱり、みんな俺の《波魔法》より分かりやすく強そうだ。
壁を焦がす火。
地面を削る風。
拳ほどの石を簡単に弾き飛ばす水。
昨日までの俺なら、見ているだけで少し落ち込んでいたかもしれない。
今は違う。
「次。レイン・アークライト。前へ」
「はい」
呼ばれて訓練場へ出る。
向かいから歩いてきたのは、同じ基礎課程の男子生徒だった。
「ノア・ベルク。《風弾》、Dランク」
教師が読み上げる。
ノアは俺を見ると、少し困ったような顔をした。
「お前、Fランクの《波魔法》だよな」
「そうだけど」
「……悪い。手加減した方がいいか?」
煽っている感じではない。
本気で心配しているらしい。
「いや、普通でいいよ」
「そうか? 怪我しても知らないぞ」
「それはお互い様だろ」
俺が答えると、ノアは少し笑った。
「じゃあ遠慮しない」
教師が片手を上げる。
「始め!」
ノアの前に風が集まった。
速い。
「《風弾》!」
透明な塊が一直線に飛んでくる。
俺も正面へ波を放った。
ドンッ!
空気がぶつかり合う。
一瞬だけ押し合ったあと、俺の波が崩れた。
「うわっ」
残った風が頬をかすめる。
慌てて横へ飛ぶと、背後の地面が砂埃を上げた。
「やっぱ正面は無理か」
威力2だった頃よりはずっと強い。
集束すれば木板も割れる。
それでも、Dランクの攻撃魔法と真正面から撃ち合えば分が悪い。
だったら、正面から撃たなければいい。
俺は右側の壁へ走った。
「逃げるのか?」
「いや」
壁までの距離。
ノアの位置。
庭で何度も試した角度を思い出す。
「こっちの方が撃ちやすい」
「は?」
俺はノアではなく、左側の石壁へ波を放った。
ノアの目が一瞬そちらへ動く。
波が壁へ当たり、跳ね返った。
「え?」
バシッ!
ノアの右肩が揺れる。
「後ろから!?」
「よし、当たった」
訓練で木板を狙った時と違って、相手は動いている。
少しずれた。
でも通用する。
胸が高鳴った。
「今の……曲げたのか?」
「いや、跳ね返した」
「何だそれ!」
今度はノアもすぐに風弾を撃ってきた。
俺は壁の陰へ入る。
風弾が壁へぶつかり、石の表面を削った。
その瞬間、別の壁へ向かって波を撃つ。
反射。
ノアが振り返って避ける。
「またそれか!」
外れた。
やっぱり動く相手は難しい。
でも、ノアの動きが一つ変わった。
俺を見るだけじゃなく、周りの壁まで確認し始めている。
右。
左。
背後。
どこから来るか分からないから、視線が散る。
「……なるほど」
これ、当てなくても意味がある。
俺は今度は右の壁へ撃つ。
ノアはすぐに左へ避けた。
読まれている。
「そこだ!」
風弾が飛んでくる。
「まずっ」
慌てて身をひねる。
避け切れず、肩へ衝撃。
「痛っ!」
体勢が崩れた。
やっぱり実戦は木板相手とは違う。
「反射させる場所を見れば分かる!」
ノアが叫ぶ。
「確かに」
壁へ撃ってから届くまでに時間がある。
狙った方向を見られれば、避けられる。
反射だけじゃ勝てない。
だったら。
覚醒した日の夜に試したことを思い出す。
散らさない。
一点へ集める。
反射すると威力は落ちる。
なら、最初から強くまとめておけばいい。
「……試すか」
俺は正面へ手を向けた。
ノアが身構える。
「今度は正面か!」
違う。
狙っているのは、その横。
壁だ。
ただし、今までより波を細くする。
広げない。
散らさない。
できるだけ一点へ。
「そこ!」
集束した波を放つ。
ノアは壁へ視線を向け、その反射先を読もうとする。
「右から来る!」
左へ跳んだ。
予想通り。
でも俺が狙ったのは、ノアの近くの壁じゃない。
さらに奥。
正面の壁へ当たった波が斜めに跳ね、別の壁へ向かう。
「なっ――」
二回目の反射。
さすがに威力は落ちた。
軌道も完璧じゃない。
狙ったのは脇腹だった。
けれど、二度跳ね返った波は少し下へずれ、そのままノアの腰の辺りへ――
ドンッ!
「ぐっ!」
集束した波がぶつかり、ノアの体がよろめいた。
倒れない。
それでも一瞬、動きが止まる。
今なら直接狙える。
俺は手のひらを向けた。
同じように波を一点へ集める。
「待っ――」
放つ。
バンッ!
胸元へ直撃した波に押され、ノアが尻もちをついた。
教師の声が飛ぶ。
「そこまで!」
訓練場が静かになった。
俺は構えたまま数秒固まり、それからゆっくり手を下ろした。
「……勝った?」
「お前が勝ったんだよ!」
地面に座ったままノアが言う。
「あ、悪い」
「謝るくらいなら最初からやるな!」
「いや、二回反射が人に当たるか分からなくて」
「俺で試したのか!?」
「試験だから」
「そういう意味じゃない!」
周囲から笑い声が上がった。
俺も少し笑ってから、ノアへ手を差し出す。
「怪我ない?」
「たぶんな。……でも何なんだよ、その魔法」
「俺も調べてる途中」
「それでこれかよ……」
ノアは呆れた顔をしながら俺の手を取って立ち上がった。
教師も何かを書き込みながら、訓練場の壁を見ている。
「Fランク《波魔法》……か」
小さな声だった。
でも、さっき名簿を読み上げた時とは明らかに響きが違った。
俺は自分の手を見る。
集束。
反射。
一つずつなら、昨日までにできていた。
でも組み合わせると、できることが一気に増える。
「……面白いな」
次は何を組み合わせられる?
そんなことを考えていると、視線を感じた。
訓練場の端。
次の試験を待つ生徒たちの中で、一人の少女がこちらをじっと見ている。
淡い銀髪。
胸元には、上位クラスを示す徽章。
彼女はさっき俺が使った壁を見て、それから俺へ視線を戻した。
「……曲げたんじゃない」
小さく呟く。
「壁で、跳ね返した……?」
その目だけが、周囲の誰よりも《波魔法》そのものを見ていた。




