第2話 壁は邪魔じゃない
翌朝。
目を覚ました俺は、床に転がった二枚の割れた木板を見て、昨夜の出来事が夢じゃなかったことを確認した。
「……やっぱり割れてるな」
寝る前にも三回試した。
三回とも成功した。
もちろん、全部まったく同じではない。亀裂の位置は少しずれたし、一度は端を削っただけだった。それでも、波を広げず一点へ集めれば威力が上がる、という仮説はかなり正しそうだった。
そして今、俺の頭の中にあるのは喜びより次の疑問だった。
「じゃあ、他に何ができる?」
朝食まで少し時間がある。
俺は新しい木板を一枚だけ持って庭へ出た。
昨日みたいに部屋の中で試し続けたら、そのうち本当に家具を壊す。
庭の端には石壁がある。
その手前に木板を立て、まずは昨日と同じ集束を試す。
「……よし」
波を放つ。
バキッ。
中央に亀裂。
「再現できる」
次は狙う場所を変える。
木板の右端、左端。距離も三歩、五歩、七歩と少しずつ伸ばしてみる。
遠くなるほど狙いが甘くなり、広がりも増えた。
「距離が伸びると難しいのか……」
強くなったとはいえ、万能ではない。
むしろ分からないことだらけだ。
だから面白い。
俺は木板から視線を外し、その横の石壁へ手を向けた。
「硬い物だとどうなる?」
集束した波を撃つ。
ドンッ。
鈍い音がした。
石壁には、傷らしい傷はない。
「さすがに無理か」
そう呟いた直後、背中の後ろで、ぱさっと何かが落ちた。
「ん?」
振り向く。
少し離れた場所に置いていた紙束が崩れている。
風かと思ったが、今はほとんど吹いていない。
「……なんで?」
紙束を戻して、もう一度石壁へ撃つ。
今度は何も起こらない。
三発目。少し右へずらして撃った瞬間――
「痛っ!?」
左肩に、何かがぶつかった。
強い衝撃ではない。
けれど、間違いなく《波魔法》の感触だった。
俺は肩を押さえながら石壁を見る。
「……今の、俺の波だよな?」
もちろん壁は答えない。
けれど、見ているうちに前世の記憶が少しだけ浮かんできた。
波。
壁。
跳ね返る。
「……反射?」
名前は出てきた。
確か、壁へ入る角度と、跳ね返る角度が同じだったはずだ。
そこから先は怪しい。
「まあ、名前まで正確じゃなくてもいいか」
使えればいい。
俺は壁の前に棒を立て、何度か角度を変えて波を撃ってみた。
真正面なら戻ってくる。
斜めなら、反対側へ飛ぶ。
少し角度を変えただけで、行き先はかなりずれる。
「なるほど……だいたい分かった」
次は応用だ。
俺は壁の右側に木板を置き、自分は左側へ移動した。
この位置からは、木板へ直接撃てない。
壁へ向かって斜めに波を放つ。
ドンッ。
外れた。
二発目は木板の手前。
三発目で端がわずかに揺れる。
「お」
四発目。
角度をほんの少しだけ修正する。
波が壁へ当たり、跳ね返った。
その先で――
バシッ!
木板が大きく揺れる。
「……当たった」
直接狙えない場所へ、壁を使って攻撃できた。
真正面から集束させた時より威力は落ちている。
それでも、意味は大きい。
「壁って、邪魔じゃないんだな」
むしろ使える。
そう思った瞬間、試したいことが一気に増えた。
壁を二枚使ったらどうなる?
狭い場所なら?
集束した波を反射させたら?
何回まで跳ね返せる?
「坊ちゃま」
「うわっ!」
背後から急に声をかけられ、肩が跳ねた。
振り返ると、屋敷の使用人が呆れた顔で立っている。
「朝食のお時間です」
「あ、もう?」
「それと……先ほどから庭で何をなさっているのでしょうか」
「研究」
「壁を?」
「壁を」
使用人は石壁と、散らばった棒や木板を見回した。
「……左様でございますか」
完全に変なものを見る目だった。
「いや、違うんだ。壁に撃つと跳ね返るんだよ」
「壁に魔法を撃っていること自体は合っていたのですね」
「そこ疑われてたの?」
どうやら説明しても評価は上がらなかった。
それから学院へ入学するまでの十日間、俺は空いた時間のほとんどを《波魔法》の実験に使った。
集束はかなり安定した。
反射はまだ難しい。
少し角度を誤るだけで、狙いは大きく外れる。
一度、二回反射させようとして完全に予想外の方向へ飛ばし、庭の植木鉢を割った。
あれは父には黙っている。
そして十日後。
俺は王立アルヴェル魔法学院の正門を見上げていた。
「でか……」
十五歳で魔法に覚醒した者の中から、一定の基準を満たした者が集まる王国最大の魔法学院。
広い敷地にはいくつもの校舎と訓練塔が並び、その奥には巨大な実戦訓練場まで見える。
俺はアークライト家の推薦枠で入学資格を得ていた。
ただし、覚醒結果はFランク。
配属されたのは、基礎課程でも一番下のクラスだった。
「レイン・アークライト。《波魔法》、Fランク」
教室で担当教師が名簿を読み上げた瞬間、何人かがこちらを見る。
もう慣れた。
というより、今はFランクと言われても前ほど気にならない。
弱いかどうかなんて、まだ調べ終わっていない。
簡単な説明と施設案内が終わると、教師が教壇の前に立った。
「明日は入学時実戦試験を行う。覚醒した魔法を実際にどこまで扱えるか確認し、その結果は今後の授業編成にも反映する」
教室の空気が変わった。
楽しそうに笑う者。
緊張する者。
自分の魔法を見せたくて仕方なさそうな者。
俺は窓の外へ目を向けた。
案内の途中で見た実戦訓練場。
そこには、視界を遮るためなのか、石造りの壁がいくつも配置されていた。
普通なら、攻撃の邪魔になる障害物。
でも俺には、もう違って見える。
一枚。
二枚。
三枚。
壁が多い。
つまり――撃てる方向も、それだけ増える。
「……ちょうどいいな」
十日間で反射は何度も成功させた。
ただ、今まで狙ったのは動かない木板ばかりだ。
明日の試験なら、動く相手にどこまで通用するか確かめられる。
そう考えた瞬間、試験への緊張より先に笑みが浮かんだ。
どうやら明日の俺は、対戦相手より先に――壁を見ることになりそうだった。




