第10話 盾の裏から撃てばいい
「動く盾だと、十回中二回か……」
翌朝。ひと晩休んで魔力を回復させた俺は、研究棟の実験区画で息を吐いた。
昨日は薄紙を破ったところで魔力が尽きかけ、動く盾の実験はできなかった。だから今日は朝から、鉄板を台車に取り付けて動かしてもらっている。
セリアが記録用紙をめくる。
「二回も成功したとも言えるわね」
「八回失敗したとも言える」
「……その言い方、私の台詞を取らないで」
「先に言われそうだったから」
静止した紙なら、左右から回り込んだ波を重ねられる。だが盾が動くと到達位置がずれる。波の間隔だけでなく、相手の移動も予測しないといけない。
「考えること多くない?」
「あなたが増やしたのよ」
否定できない。
その時、実験区画の入口が開いた。
「二人とも、ちょうどいいところに」
オルド先生だった。後ろには、青い制服を着た背の高い男子生徒が立っている。
「紹介しよう。三年のローディス・クレイン君だ」
「よろしく」
穏やかな雰囲気の先輩だ。だが胸元の徽章は見逃せなかった。
「……Bランク?」
「《積層障壁》という固有魔法を持っている。防御術に関しては学院でもかなり優秀な生徒だよ」
「障壁ですか? 全方向にも?」
「必要ならね」
「すごい!」
セリアが横から小声で言う。
「普通は『強そう』と思うところでしょう」
「思ってるよ」
「顔が完全に実験したい人のそれなのだけど」
ローディス先輩が笑った。
「ガレスから話は聞いているよ。盾の裏へ攻撃する方法を研究しているんだって?」
「……そこまで知られてるんですか?」
「本人が楽しそうに話していたからね」
ガレス先輩。何を話しているんだ。
オルド先生が一枚の用紙を差し出した。
「今日は実戦形式の防御突破演習を提案したい。新しい技術を試すにはいい相手だと思うけれど、どうかな?」
「やります」
「即答ね」
俺たちは研究棟に併設された模擬戦場へ移動した。床は石張りで壁もある。ただし普段の訓練場より少し狭い。
オルド先生が胸元の青い標章を示す。
「制限時間は四分。レイン君は、ローディス君の胸の標章へ攻撃を命中させれば勝ち。ローディス君はレイン君に一撃を当てれば勝ちだ。この標章は訓練用で、軽い衝撃でも一定以上なら台座から外れる。相手本人を倒す必要はないよ」
「なるほど」
紙一枚を破る程度の威力でも、条件が合えば外せるかもしれない。
「それと、障壁について一つだけ説明しておこう」
先生は透明な板を指す。
「《積層障壁》には同時に維持できる総量の上限がある。ある方向へ重ねて守りを厚くすれば、別の方向へ回せる分は減る。何枚も無制限に出せるわけではないんだ」
「つまり、どこを守るか選ぶ必要があるんですね」
「そういうこと」
先輩は笑って頷いた。
「ただし、その判断も僕の得意分野だよ」
「楽しみです」
「無理だと思ったら降参していいからね」
「はい」
ただし、まだその予定はない。
「始め!」
開始と同時に波を集束させる。
バンッ!
正面の透明な障壁に当たっただけだった。障壁は揺らぎもしない。
「硬っ!」
「そういう魔法だからね」
壁反射で背後を狙うが、先輩は振り向きもせず後方に障壁を出した。床から低く撃っても足元へ板が現れる。
「……隙がないな」
「防ぐのが得意だからね」
先輩は腕を振った。透明な板が横から飛んでくる。
「うわっ!」
転がるように避ける。板が床を叩き、石片が散った。
俺は壁へ反射させた波と直接波を重ね、側面の障壁へ撃ち込む。
ドンッ!
「悪くないね」
障壁が少し震えただけで、先輩は微動だにしない。
攻撃できる。守れる。しかも複数の方向へ障壁を置ける。
「これ、普通にやったら勝てないな……」
俺は一歩下がった。
「先輩、全方向を守ることもできます?」
「できるよ」
「見せてもらっていいですか?」
「……試合中に?」
「はい」
先輩は面白そうに笑って両手を広げた。
透明な障壁が前後左右、さらに頭上へ現れる。足元も覆われ、半透明の箱のような形になった。
「これならどこから撃たれても防げる」
「すごい……」
よく見ると、正面には二枚、左右には一枚ずつ障壁が重なっている。枚数を動かして防御方向を調整する仕組みらしい。
「あと二分!」
先生の声。
反射を試す。左右から撃っても、障壁に当たる。回折で端を回り込ませても、向こう側に別の障壁がある。
「……そう来るか」
しかも全周防御のまま、先輩がこちらへ近づいてきた。
「守るだけじゃ僕の勝ちにならないからね」
透明な板が一枚、前方から飛び出す。
「うわっ!」
横へ転がった瞬間、足元に違和感があった。
先輩の障壁は、移動中だけ下端が少し浮いている。
床と擦れないようにしているのか。
「……隙間?」
止まると閉じるが、動くと開く。指一本も通らないほどの細さだ。
普通の集束波では無理。でも波の間隔を広げれば、一部が通れるかもしれない。
「残り一分!」
俺は石床すれすれに弱い波を放った。
床反射で低い角度へ。
下端の隙間へ。
波の一部が通り抜け、障壁の内側へ広がった。
「……!」
ローディス先輩が驚く。
「今、何か入った?」
入った。でも弱い。
俺は別の経路から二発目を送り、標章の辺りで重ねようとした。
しかしタイミングがずれた。標章の手前で弱め合ってしまう。
「くっ……!」
先輩は足を止め、障壁の下端を床へ下ろした。
「移動中の隙間を狙ったのか。面白い。でももう塞いだよ」
残り時間は少ない。
でも、隙間が開く条件は分かった。
「じゃあ、もう一回動いてもらいます」
「何?」
俺は左側へ反射波を撃ち込んだ。
先輩は防御を厚くするため、正面にあった障壁の一枚を側面へ移す。
正面にはまだ一枚残っている。それでも、さっきより薄い。
俺はそこへ集束波を放った。
ドンッ!
当然、破れない。
「無駄だよ」
「知ってます」
守りが薄くなった正面へ向け、俺は一気に駆けた。
「近づいて障壁を押し切る気か!」
先輩が腕を振る。俺との間合いを保ち、正面の障壁をぶつけるため、箱全体が前へ動く。
そう。それが欲しかった。
下端が浮く。
俺は床へ向けて波を放った。
一発目は反射させて隙間へ。少し間を置いて、二発目を別の角度から通す。
さっきより二発目をわずかに遅らせた。
障壁の内側へ回り込んだ波が、胸元の標章付近で重なる。
パチンッ!
小さな音がした。
「……え?」
ローディス先輩の胸から、青い標章が外れる。
カラン、と床へ落ちた。
「……当たった?」
「そこまで! レイン君の勝ち!」
先生が手を上げた。
ローディス先輩は標章を拾い、しばらく眺めてから笑った。
「参ったな。わずかな隙間を二回も狙ってくるなんて」
「正直、もう一度やれと言われたら自信ないです」
「だろうね。ただし、普通の戦闘で僕を倒せたとは思わないことだね」
「もちろんです」
胸の標章を外しただけだ。人を倒すほどの威力はなかったし、先輩が動かなければ隙間も開かなかった。
それでも。
「Bランクの《積層障壁》の内側へ攻撃を通したのは、君が初めてだよ」
「……本当ですか?」
「ああ。真正面の防御は一枚も破られていないのにね」
俺は思わず笑った。
「やっぱり、面白いな」
セリアが記録用紙を抱えて近づいてくる。
「最後の二発、完全には重なっていなかったわ」
「うん、少しずれた」
「それでも標章を外せたなら、改善の余地があるわね」
「だよな!」
ローディス先輩は俺たちを見て苦笑した。
「……君たち、もう次の実験の話をしているのかい?」
「はい」
「そうよ」
二人同時に答えると、先輩は笑い出した。
オルド先生も微笑んでいたが、その視線は床の標章に向けられていた。
「昨日、君は盾の裏へ紙一枚破れる程度の波しか届けられなかった。今日は、それでBランクの防御を突破した」
先生は標章を持ち上げる。
「……弱い魔法、か。もしかしたら、誰も正しい使い方を知らなかっただけなのかもしれないね」
その言葉が嬉しかったのは、Fランクの俺が認められたからだけじゃない。
自分一人の疑問を、同じように考えてくれる人が増えたからだ。




