↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅月下のGloria   作者: ユノ・サカリス
第四章《命令のない明日》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/26

第24話《言わなかったこと》

 空が白み始める頃、グロリアは吊るしていた鹿肉を火から外した。


 夜のあいだ何度も薪を足し、肉を裏返した。軍で習った保存食作りも、すべて自分でやれば時間がかかる。仕上がりを確かめ、冷めたものから布へ包んだところで、毛布が動いた。


「……寝てない?」


「少しは寝た」


「眠くない?」


「眠い」


「ルナ、運転する」


「却下だ」


「できる」


「足が届かない」


 ルナは毛布の中で脚を動かしかけ、やめた。グロリアは荷物を積み終えると、木へ背を預けた。


「もう少し寝る。出るのはそのあとだ」


「ルナ、起きてる」


「勝手に歩くなよ」


「分かってる」


 目を閉じると、すぐに眠りが来た。


 次に目を覚ましたとき、木々の間には朝日が差していた。起きていると言ったルナも、毛布を被って眠っていた。


 食事と薬を済ませ、脚の状態を確かめる。熱は下がり、腫れも悪化していない。それでも、良く見えることと治っていることは違う。もう一度、医者に診せたかった。


 火の始末を終え、ルナを側車へ乗せた。脚を支えて帯を留め、ヘルメットの顎紐とゴーグルを確かめる。


「今日は走るぞ」


「どこまで?」


「街があれば、そこまでだ」


「なかったら?」


「探す」


「おしり痛くなる」


「途中で休む」


「いっぱい?」


「必要なだけだ」


 二輪を北へ走らせた。荒れた道では速度を落とし、何度か休憩を挟む。燃料は減り続けている。食料は増えたが、薬にも限りがあった。


 昼を過ぎた頃、森が途切れた。高台へ出たところで二輪を止めると、ルナが声を上げた。


「……大きい」


 眼下に街が広がっていた。先日までいたリゼノルトとは規模が違う。広い道路の間に集合住宅が並び、中心部には高い建物が集まっている。その向こうには巨大な栽培施設があり、透過素材の外壁越しに幾層もの緑が見えた。


 だが、人の気配があるのは街の一部だけだった。閉ざされた商業区画には草が伸び、使われなくなった交通設備が道路脇に残っている。


 街道の標識に、地名が記されていた。


「セラヴェスクか」


「知ってる?」


「名前だけだ」


「行く?」


「ああ」


 答えてから、自分の身体へ目を落とした。赤腕も黒章も外した。だが、着ているものは今もヴァルセナの軍服だった。銃も同じだ。


 グロリアは二輪を街道から外した。


「どうしたの?」


「このままでは捕まる」


「赤いの、ないよ」


「服と銃で分かる」


「じゃあ、どうする?」


「隠す」


 木々の間で停車し、長銃と短銃、弾薬を防水布へ包んだ。倒木の根元へ収め、枝葉で覆う。場所を覚えてから立ち上がると、身体の一部を置いてきたような感覚がした。


 兵士になってから、銃はいつも手の届く場所にあった。


「……置いてくの?」


「ああ」


「なくならない?」


「戻るまで見つからないといいがな」


 軍服の上には、雨避けの覆い布を巻いた。襟と袖を隠し、裾を帯へ挟む。ルナがしばらく見ていた。


「……毛布みたい」


「分かってる」


「暑くない?」


「暑い」


「脱げば?」


「隠した意味がなくなる」


 二輪へ戻り、荷台の包みを縛り直した。鹿肉はすべて二人で食べる必要はない。売れれば、薬や燃料を買えるかもしれない。できれば服も欲しかった。


 街へ近づくにつれ、荷車や徒歩の家族が増えた。入口の簡易障壁ではイルナ兵が荷物を確認している。列の後ろには、さらに人が続いていた。


「ルナ。聞かれたことだけ答えろ」


「なんで?」


「余計なことを話すと長くなる」


「嘘つく?」


「できるだけ、つかない」


 ルナは首を傾げた。それ以上は教えなかった。自分を隠すための話を、この子に覚えさせたくはなかった。


 順番が来ると、兵士が二輪の前へ立った。


「どこから来た」


「ネルヴァスクだ」


 兵士の表情が変わった。


「占領された街か」


「数日前、ヴァルセナが攻めてきた」


 間違ってはいない。自分も、そこにいた。


「その子は家族か?」


「違う。その日から一緒にいる」


「親は?」


「私にはいない。この子の親は分からない」


 兵士がルナへ顔を向けた。


「嬢ちゃん、家族は?」


「……分かんない」


 兵士は少し待ったが、それ以上は聞かなかった。視線が包帯へ落ちる。


「脚は、もう医者に診せたのか?」


「リゼノルトで。だが、まだ歩かせられない」


「向こうも戦闘になったと聞いた」


「なった」


 兵士は息を吐き、荷台へ回った。


「荷物を見せろ」


 グロリアは包みを解いた。薬、包帯、水、食料。兵士は布に包まれた肉を見て、眉を動かした。


「これは?」


「鹿肉だ。昨日仕留めた。売れるなら売りたい」


「狩ったのは、お前か?」


「ああ」


「銃は?」


「街の外に置いてきた」


「なぜだ」


「持ち込んでいいか分からなかった」


「種類は」


「長銃と短銃だ」


 兵士の目がグロリアへ戻った。覆い布の下で、背中を汗が伝う。


「取りに戻るなら、ここで申告しろ。街の中で勝手に持ち歩くな」


「分かった」


 後ろで荷車が軋んだ。子供の泣き声がし、別の兵士が列を整理するため声を張り上げた。目の前の兵士は荷物を返し、再びルナを見た。


「用件は肉を売るだけか?」


「この子を医者に診せたい。それが先だ。あとは薬と燃料が欲しい」


「二つ目の交差路を右だ。診療所がある。避難民の受け付けもしている」


「助かる」


「肉は中央市場で聞け。買い取る店もある」


 兵士が道を空けた。


 グロリアは二輪を発進させた。障壁を越えても、背後から呼び止める声はなかった。


 銃を向けられなかった。左腕を見て、赤腕と呼ぶ者もいなかった。


 街の人間が自分を受け入れたわけではない。何者なのかを、まだ知らないだけだった。


 それでも、両手は縛られていない。ルナも隣にいる。グロリアは握っていたハンドルから、少しだけ力を抜いた。


 広い道路の両側には空き家が並んでいたが、中心部へ近づくと景色が変わった。古い集合住宅には洗濯物が掛かり、閉ざされていたらしい入口から、荷物を運び込む人々が見える。


 建物の前で男が床を掃いていた。女が窓を開けると、埃が日差しの中へ流れ出した。その脇では、荷物の上に座った子供がパンを齧っている。


 南から逃げてきた者たちなのかもしれない。人が減った街へ、住む場所を失った人間が入っていく。空いている家があっても、そこへ来たかったわけではないのだろう。


「グロリア」


「なんだ」


「入れたね」


「ああ」


「嘘ついた?」


 グロリアは少し考えた。


「言わなかったことはある」


「なに?」


「私が、どちらにいたかだ」


 ルナがこちらを見る。


「それ、嘘?」


「……どうだろうな」


 ネルヴァスクから来た。ヴァルセナが攻めてきた。親はいない。あの日からルナと一緒にいる。どれも事実だった。


 ただ、あの街を襲った兵士の中に自分もいたことを、話さなかった。


 兵士はおそらく、街を焼かれて逃げてきた娘だと思った。その間違いに気づきながら、自分は訂正しなかった。


 嘘をつかなければ、人を欺いたことにはならないのか。


 そう考えても、今から戻って伝えるつもりはなかった。ルナを医者へ連れていくためだと言えば、それで済む気もした。だが、その理由を自分に言い聞かせるのも、どこか違う気がした。


 診療所の標識が見えた。グロリアは速度を落とした。


「先に医者だ」


「鹿は?」


「そのあとだ」


「おなかすいた」


「診てもらってから食べよう」


「鹿?」


「ああ」


 ルナは膝にかけた毛布の上で手を重ねた。


 グロリアは診療所の前へ二輪を寄せた。入口にはすでに何人かが座り、呼ばれるのを待っている。


 エンジンを止め、ルナのゴーグルを外した。


 事実だけを話しても、人を欺いたことになるのか。答えは出ていない。それでも今は、ルナの脚を治すことの方が先だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。