↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅月下のGloria   作者: ユノ・サカリス
第三章《帰る場所の外側》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/25

第19話《同じ軍服》

「……伏せろ」


 グロリアが言った直後、街の南から乾いた破裂音が響いた。銃声だった。続けて二発、三発。少し遅れて怒鳴り声が上がり、廊下を慌ただしい足音が走る。


 寝台の上でルナが身を起こした。


「……なに?」


「頭を下げていろ」


 グロリアは窓から離れ、扉へ向かった。開けようとしたところで、外から鍵が回る。


 入ってきたのはミレナだった。抱えているものを見て、グロリアの足が止まる。自分の長銃だった。肩には装備ベルトを掛け、短銃もホルスターに収まっている。


「これ、あなたのでしょう」


「どこから持ってきた」


「預けてあった部屋よ。見張りの人たちは南へ行ったわ」


 グロリアは受け取らなかった。


「なぜ返す」


「逃げなさい。この子を連れて」


 外で再び銃声が鳴った。ミレナは寝台のルナへ目を向けた。


「ここにいたら巻き込まれる」


「ルナは、しばらく動かすなと言われている」


「ここに残しておけると思う?」


 グロリアは窓へ目を向けた。銃声は南だけではなかった。遠く東側からも聞こえ始めている。侵入地点が一つではない。


「もう囲まれている可能性がある」


 ミレナの顔が強張った。


「……ヴァルセナなの?」


「ああ」


「あなたを追って?」


「分からない」


 そう答えるしかなかった。自分がここへ来たからなのか。それとも、この街そのものが目的なのか。今のグロリアには判断できない。


「なら、なおさら持っていきなさい」


 ミレナが銃を差し出した。


「私はヴァルセナ兵だ」


「だった、でしょ」


「つい先日まで、イルナ人を殺していた」


「知ってるわよ」


「ならなぜ私に武器を返す」


 ミレナは答えなかった。遠くで爆発音が響き、窓が震える。ルナが毛布を握った。


「……分からないわよ」


 ミレナはグロリアを見た。


「でも、ここで死なせたくないの。それじゃ駄目?」


 答えられなかった。


 グロリアは長銃を受け取った。使い慣れた重さが掌へ戻ってくる。弾倉を確認し、装備ベルトを腰へ巻く。身体が手順を覚えていた。


「ルナを頼む」


「あなたは?」


「逃げ道を確かめる」


 扉を開けると、背後から声がした。


「……グロリア」


 振り返る。


「行くの?」


「すぐ戻る」


「ほんと?」


「ああ」


 嘘になるかもしれないとは、言わなかった。


 集会所を出ると、通りを人々が走っていた。子供を抱えた女、荷物を持つ老人、銃を手に南へ向かう男たち。誰かが「ヴァルセナだ」と叫んでいる。


 グロリアは壁際へ身を寄せた。南から連続した射撃。その直後、東からも銃声が響く。


「南を守れ! 動ける奴は南へ!」


「行くな!」


 グロリアの声に、男たちが振り返った。


「赤腕……」


「南だけを見るな。東からも入っている」


「黙れ! お前らが来たんだろうが!」


「だから分かる」


 言い返した男が口を閉じた。


「全員で南へ行けば、東が空く。建物の陰へ入れ。通りに固まるな」


「信用できるか!」


 別の男が怒鳴った。その瞬間、東側の路地から銃声が走る。先頭にいた男が肩を押さえ、路上へ倒れた。


 グロリアは反射的に長銃を構えた。照準の向こうに、黒緑色の軍服が見えた。


 ヴァルセナ兵。


 見慣れた装備だった。胸部防護板。肩の識別章。銃の構え方。前進するときの足運び。つい先日まで、自分もそこにいた。


 兵士が倒れた男へ銃口を向ける。グロリアの指が引き金に触れた。


 撃てば、命令違反や逃亡だけでは済まない。ヴァルセナ兵を撃ったという事実が残る。


 兵士の銃口が止まった。


 グロリアは引き金を引いた。


 一発。兵士が胸を押さえ、壁に沿って崩れ落ちる。


「……お前」


 隣の男がグロリアを見ていた。


「見るな。次が来る」


 二人目が路地から現れた。グロリアは撃った。今度は、引き金に触れる指が止まることもなかった。


「そこの角を見ていろ。私は向こうを確認する」


「なんでお前が命令する!」


「ここを抜かれたら、集会所まで来るぞ」


 男が集会所へ目を向けた。その横を抜け、グロリアは壁沿いに走った。


 街のあちこちで銃声が重なり始める。住民はそれぞれに撃ち、走り、角を曲がった先で味方とぶつかっていた。ヴァルセナ兵は違う。二人が撃つ間に一人が進み、止まれば別の兵士が銃口を向ける。


 グロリアはその動きを知っていた。知っているから、次に姿を現す場所も分かった。


 路地を横切ろうとした兵士を一人。民家へ踏み込もうとした兵士を一人。撃つたびに、見慣れた軍服が倒れた。


 次に路地へ姿を見せた兵士の左腕に、赤い布が巻かれていた。


 赤腕。


 自分と同じだった。


 顔に見覚えはない。それでも、その腕章が何を意味するかは知っている。イルナに生まれ、ヴァルセナへ連れていかれ、そこで育った兵士。


 兵士が銃を構えた。


 グロリアは撃った。銃声とともに、兵士が倒れる。指は止まらなかった。


 同じ場所に生まれたことも、同じ腕章を巻いていることも、今どちらへ銃を向けているかとは別のことだった。


 森で自分を撃とうとしたイルナの男にも、この赤い布は見えていた。


 東へ抜ける通りの先には、すでにヴァルセナ兵がいた。グロリアは身を引き、別の道へ視線を走らせる。そのとき南から低い爆発音が響き、屋根の向こうへ黒煙が上がった。


「押されてる! 南が持たない!」


 最初から持つとは思っていなかった。この街にいる武装者の数も、装備も見た。相手が中隊規模なら、正面から勝てる戦力ではない。


 自分が数人撃ったところで、街を守り切れるわけではなかった。それでも、ここを通らせるわけにはいかなかった。


 ――ルナがいる。


 グロリアは集会所を見た。逃げ道を探している間にも、敵は近づいている。これ以上、あの子から離れていてはいけない。


 来た道を戻ろうとしたとき、名前を呼ばれた。


「グロリア!」


 ミレナだった。


「なぜ出てきた!」


「裏の通りにも兵が来てる! あの子は医師に預けたわ。早く戻って!」


 ミレナがこちらへ走ってくる。その向こうで、ヴァルセナ兵が路地から姿を現した。


 グロリアは銃を上げた。


「伏せろ!」


 ミレナが身を屈める。グロリアが撃つと、兵士は路地の入口へ倒れた。


「戻れ! 私も行く!」


 ミレナが頷き、立ち上がった。


 そのとき、胸元に血が散った。


 一瞬遅れて、遠くから銃声が届く。


「……え」


 ミレナの身体が傾いた。


「ミレナ!」


 グロリアは駆け寄り、崩れる身体を受け止めた。そのまま引きずるように壁の陰へ入る。長銃を肩へ回し、ミレナを地面へ横たえると、血の広がる胸元へ手を押し当てた。


「おい。聞こえるか」


 返事がない。ミレナの目が、グロリアの顔を探すように動いた。


「医師のところへ戻る。しっかりしろ」


「……エルン?」


 グロリアの手が止まった。


 ミレナは焦点の合わない目で、こちらを見ていた。


「……エルン。……生きていた」


「グロリアだ。分かるか」


 身体を抱き起こそうとした途端、ミレナが咳き込んだ。唇から血がこぼれ、胸元を押さえた手にも温かいものが伝わってくる。


 グロリアは、その傷を見ていた。浅く途切れる呼吸も、指の間から流れていく血も。戦場で何度も見たはずだった。


 それでも、手を離せなかった。


「行くぞ。ルナのところへ戻る」


 ミレナの手が上がった。震える指が、グロリアの頬に触れる。


「行きなさい……エルン」


「私はエルンじゃない」


 ミレナは答えなかった。グロリアの顔を見つめ、かすかに唇を動かす。


「……おかえり、エルン」


 頬に触れていた手が落ちた。


「ミレナ」


 返事はなかった。胸元を押さえたまま、グロリアはもう一度その名を呼んだ。


 銃声が聞こえる。誰かが叫んでいる。遠くで何かが爆発した。それでも、腕の中のミレナだけが、もう何の音にも反応しなかった。


 つい先ほどまで、食べなさいと言っていた。自分が匙を持つまで見ていた。その手が今は、土の上に落ちている。


 グロリアはゆっくり顔を上げた。


 壁の陰から、銃声の聞こえた方角へ目を向ける。通りの先にある建物。その窓と屋根を順に見た。


 遠くの高所で、人影が動いた。


 長銃を持った男が一人。その姿が、屋根の向こうへ消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。