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紅月下のGloria   作者: ユノ・サカリス
第二章《選択の代償》

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第12話《追うべき場所》

 森の上空を、一機の小型無人機が飛んでいた。


 翼幅は一メートルにも満たない。灰色の機体は木々の上を滑るように進み、地表から捉えた赤外線情報を、第九機動追跡隊の端末へ送り続けている。


「反応なし。もう少し東へ振ります」


 シエナ・ヴェルク中尉が端末を操作すると、無人機が緩やかに旋回した。


 街を出てから、すでに数時間が経っている。グロリア・レイスの端末が最後に信号を発したのは、街の北端だった。その後、通信も位置情報も途絶えている。意図的に端末を手放した可能性が高いと、レイヴは考えていた。


 診療所には子供用と思われる衣服と、治療の痕跡が残されていた。グロリアがそこで通信していたことは分かっている。だが、誰が誰を治療したのかまでは分からない。


「隊長」


 シエナの声に、レイヴ・オルディス少佐が端末へ目を向けた。


「熱源です。北東、約三・六キロ。複数」


「数は」


「樹冠に遮られて安定しません。五……いや、四から六。移動しています」


「グロリアの可能性は」


「分かりません。ただ、この森に人がいるのは確かです」


「追う」


 第九機動追跡隊が進路を変えた。六名。全員が追跡と近接戦闘を専門とする兵士だった。通常の歩兵部隊より装備は軽く、木々の間を足早に進んでいく。


 無人機から送られる熱源は、現れては消えた。枝葉が密集する場所では見失い、木々の切れ間へ入ると再び浮かび上がる。


「北東へ向かってますね」


 シエナが歩きながら言った。


「グロリアも北へ消えた」


「だからといって同じとは限らん」


「分かってます」


「ならいい」


 シエナが小さく息を吐いた。


「相変わらず慎重ですね」


「間違った相手を追う方が時間を失う」


 やがて熱源との距離が一キロを切った。レイヴが片手を上げると、隊員たちが散開する。倒木や茂みを避け、左右から相手の進路を挟むように位置を取った。


《目視しました。四名。老人一、成人男性一、成人女性一、児童一。男が武装しています》


「白銀の髪の女兵士は」


《確認できません》


「子供は一人だけか」


《はい》


 報告された四人の中に、グロリアはいない。


「接触する」


「確認するんですか?」


「この森を北へ進んでいる。何か見ている可能性はある」


 レイヴたちは距離を詰めた。


 最初にこちらへ気づいたのは老人だった。木々の間から現れたヴァルセナ兵を見て足を止め、すぐに後ろの者たちへ声を掛けた。


「動くな!」


 レイヴの声が森に響いた。


「ヴァルセナ連邦軍だ。武器を地面へ置け」


 男が銃を持ち上げかけた。その動きが途中で止まる。左右の木々の間にも、こちらへ銃を向けた兵士がいた。


 老人が男の腕を掴んだ。


「下ろせ」


 男は歯を食いしばり、レイヴを睨んだ。女が子供を自分の後ろへ隠す。


「……もう、やめてくれ」


 老人の声に、男の視線がわずかに揺れた。やがて膝を曲げ、銃を地面へ置く。


「武器から離れろ。全員、手を見える位置へ」


 シエナが銃を構えたまま近づいた。男が後ろへ下がると、隊員が銃を回収する。老人は両手を上げ、女も子供から手を離してそれに従った。


「ほかに武器は」


「ない」


「確認しろ」


 隊員二人が四人の身体と荷物を調べた。ほかに武器は見つからなかった。男は両手を上げたまま、誰とも目を合わせようとしない。


 レイヴは老人へ向き直った。


「人を探している」


「知らん」


「まだ何も聞いていない」


 老人は口を閉じた。


「白銀の髪。十六歳の女。ヴァルセナの軍服を着ている。左腕に赤い腕章がある」


「知らん」


「子供を連れている可能性がある」


 老人は、女の後ろにいる子供へ一度だけ目を向けた。


「知らん」


「この森で見ていないか」


「見ていない」


 答えは変わらなかった。


 嘘をついているかどうかは分からない。表情や声だけで証言の真偽を決めるほど、レイヴは自分の目を信用していなかった。


 老人たちを隊員に任せ、レイヴはシエナへ声を落とした。


「二人で、彼らが来た方を調べろ。遠くへは行くな」


「了解」


 シエナは隊員を一人伴い、踏み倒された草を辿っていった。


 数分後、通信が入った。


《隊長。百メートルほど戻ったところに、掘り返された土があります。墓かもしれません》


 レイヴは老人を見た。


「来てもらう」


 老人は抵抗しなかった。残る三人も、隊員に促されるまま後を追った。


 木々の間に、周囲より色の濃い土が盛り上がっていた。細長い形だった。脇には掘り出された石が寄せられ、土のついた根が転がっている。


「誰を埋めた」


「仲間だ」


「どうして死んだ」


「……撃たれた」


「誰に」


 老人は答えなかった。


 レイヴは墓から老人へ視線を戻した。


「ヴァルセナ兵か」


 男が顔を上げた。口を開きかけ、老人を見る。老人はレイヴを見つめたまま、何も言わなかった。男もやがて目を伏せた。


 シエナがレイヴの隣へ立つ。


「埋葬して、歩き始めたばかりだったんですね」


「そのようだ」


 墓は新しい。この一行は仲間を失い、その遺体を埋めて北東へ進んでいた。だが、誰が撃ったのか、いつ撃たれたのかは分からない。


「もう一度聞く」


 レイヴは老人を見た。


「グロリア・レイスを見ていないか」


「知らん」


「そうか」


 それ以上は聞かなかった。


「荷物を返せ。回収した銃は持っていく」


 シエナがレイヴへ顔を向けた。


「四人はどうします?」


「ここは掃討指定区域の外だ。武器もない。拘束はしない」


 この森まで、居住区での選別命令が適用されているわけではない。追跡隊が捜しているのはグロリアだった。


 老人は返された荷物を受け取り、女へ渡した。男は墓の前に立ったまま動かない。レイヴが背を向けるまで、誰も口を開かなかった。


「いいんですか?」


 シエナが歩きながら尋ねた。


「何か知っていそうでしたけど」


「知っているだろう。あの男は、誰に撃たれたかを聞いたとき、老人の顔を見た」


「なら、もう少し聞けば」


「老人は隠すと決めている。同じ聞き方では答えん」


 レイヴは隊員の一人へ振り返った。


「墓の周辺を調べろ。四人と別れた足跡がないか確認しろ。見つけても単独では追うな」


「了解」


 隊員が引き返すのを見届け、レイヴは携行端末を開いた。


「隠しているのがグロリアかどうかは、別の手掛かりで確かめる。その間に、こちらは行き先を絞る」


「周辺の地図ですね」


「出してくれ」


 シエナが地形情報を共有する。森の北には山地が広がっていた。西側は険しく、負傷者を連れて進むには向かない。東へ大きく回れば平地へ出られるが、ヴァルセナ軍の占領区域へ近づく。


 北東には、山を越えた先に小さな居住区があった。


「ここは」


「リゼノルト。イルナ側の街です。人口は千五百前後。まだ制圧区域には入っていません」


「医療施設は」


「小規模ですがあります」


 レイヴは足を止めた。


 診療所に残された子供用と思われる衣服。治療に使われた医療品。そこから北へ移動し、軍との通信を断ったグロリア。


 もし、子供を連れているのなら。そして、その子供を生かそうとしているのなら。


「……北東だ」


「この街ですか?」


「有力な候補だ」


「さっきの人たちが教えたと?」


「そこまでは分からん」


 レイヴは地図を拡大した。


「負傷した子供を連れていると仮定すれば、選べる場所は少ない。南には我々がいる。西は山が深い。東へ出れば占領地域に近づく。北東には未制圧の街があり、治療も受けられる」


 シエナも地図を見た。


「逃げる場所じゃなくて、子供を生かせる場所を探す……」


「そう考えれば、行き先は絞れる」


「でも、まだ子供を連れていると決まったわけじゃありません」


 レイヴがシエナを見た。


「その通りだ」


「……隊長に言われる前に言ってみました」


「覚えが早いな」


 シエナは端末へ目を戻した。


「では、どうします?」


 レイヴは地図上の街を見た。


「リゼノルトへ向かう」


「グロリアがいると?」


「それを確かめに行く」

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