第97話 首都圏避難プロトコル
東京、神奈川、埼玉、千葉。
数百万台のスマートフォンに同じ通知が届く。
《安全出口を表示します》
存在しない出口。
白昼断層と同じ文言。
「鷹取!」
冬真が立つ。
「私は起動していません」
「じゃあ誰が」
鷹取の顔にも初めて焦りが出た。
終端設計室のシステムが、誰かに乗っ取られている。
黒い腕時計認証。
旧世代の管理者権限。
冬真の携帯に地図が出る。
四十三か所。
すべて過去に終端設計室が残因を押さえ込んだ地点。
また四十三。冬真は前に処理した道路トンネルの地図を思い出した。あれは全国の道路トンネル四十三本。今度は首都圏に点在する旧抑制地点四十三か所だ。数字は同じでも、対象の一覧も、切った時に起こることも違う。
「切ったら開く」
月島が言う。
「四十三件、同時に」
冬真は黒い線を見る。
全部つながっている。
鷹取が作ったネットワークを、もっと古い誰かが使っている。
「じゃあ先に、開く場所に人を置く」
御厨がもう電話をかけていた。
「四十三全部?」
「お前が閉じるんだろ」
冬真は笑った。
「そうだった」
通知は一斉すぎて、街そのものが同じ声で喋ったようだった。駅の人々が同時にスマホを見て、同じ方向へ顔を上げる。
《安全出口を表示します》
冬真の背中を冷たいものが走る。水無月ホテルで最初に見た表示と同じ。
鷹取が端末へ飛びつく。いつもの落ち着きが消えた。
「これは私の命令ではない」
「証明して」
「今やっています!」
初めて声を荒げた。
その反応で、冬真は逆に信じた。鷹取にとっても想定外だ。
旧管理者権限。黒腕時計認証。
八年前の誰かが、今もネットワークの上にいる。
「鷹取さん」
「何です」
「あとで捕まるとして、今は手伝って」
鷹取は一秒だけ冬真を見た。
「合理的ですね」
「あなたほどじゃない」
二人は同じ画面へ向いた。
首都圏の駅構内で、避難表示に従って人の流れが一斉に変わる映像が入った。まだ事故は起きていない。だからこそ怖い。
怪異は人間の“安全を信じる行動”を使う。
冬真は水無月ホテルで、自分も表示を信じて走ったことを思い出す。
「表示止められる?」
月島が首を振る。
「全停止は逆にパニックになります。正規経路だけ上書き」
「やって」
鷹取の技術班が通信の向こうで偽表示の配信経路だけを遮断する。端末の隅には《旧管理者認証・接続中》が残った。鷹取が解除を押しても、表示は変わらない。ついさっきまで敵だった相手と同じ画面で作業するのは変な感じだ。
「信用してませんから」
冬真が言う。
「知っています」
「でも今は使う」
「合理的です」
「その言葉嫌いになってきた」
鷹取が初めて少し笑った。




