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第96話 選ばない

「追跡困難係数」


 冬真は資料の欄を指で叩いた。


「住民票なし、家族連絡なし、保険記録なし。こういう人ほど高い」


 月島が資料を引き寄せる。


「人命価値ではない、と説明はできます」


 鷹取が頷いた。


「社会機能回復の難易度を数値化したものです」


「でも実運用では?」


 月島はページをめくる。


「追跡しにくい人ほど、転嫁先として選ばれやすくなる」


「初期モデルの残骸です。現在は重みを下げている」


 冬真が顔を上げた。


「ゼロじゃない」


「ゼロにすれば、別の場所で被害が増える可能性があります」


「だから、誰かを安く死なせる?」


「そういう表現は正確ではありません」


「毎回それ言うな」


 声を荒げそうになって、冬真は一度口を閉じた。


 七人の顔が浮かぶ。


 怒っている。


 だから、雑に勝ちたくなかった。


「七人の現場、全部見ました?」


 鷹取の返事が遅れた。


「全ては」


「俺は見た」


 冬真だって時間も損失も人数も見る。


 でも、数字のあとに現場へ戻る。


 誰がそこで暮らしていたか。

 誰が迎えに来なかったか。

 死んだあと、誰が名前を確認するのか。


「モデルを使うなとは言いません」


 冬真は資料を鷹取へ返した。


「でも、モデルが選んだことにして、人間が選んだ責任まで消すのは嫌です」


「責任で人は救えません」


「救えない。でも隠す理由にもならない」


 鷹取の目が初めて鋭くなる。


「では、あなたは選ばない?」


「誰を安く死なせるかは選ばない」


「結果として、もっと死ぬことがあります」


「あると思う」


「それでも?」


「俺は終わらせる方法を探す。最初から押しつけ先を探すより先に」


 失敗した時は、自分の名前で判断ミスになる。


 冬真はそこから目を逸らさなかった。


「外したら、俺の責任です」


 鷹取はしばらく冬真を見た。


「あなたは面倒ですね」


「よく言われます」


 その時、鷹取が持ち込んだ端末から警報が鳴った。


 会議室の壁面モニターが、鷹取の接続した管制画面へ一斉に切り替わる。


 全国避難誘導ネットワーク。


 四十三地点。


 すべてが同時に赤へ変わった。


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