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第95話 お前なら選べる

翌日、鷹取が直接会社へ来た。


 新田は受付で十分待たせた。


「わざと?」


 冬真が聞く。


「予約なしは十分」


「敵にも?」


「客じゃないから二十分でもいい」


 会議室で鷹取は提案した。


「久世さん。あなたなら選べます」


「何を」


「どの事故を切り、どの事故を残すか」


 冬真の顔から笑いが消える。


「あなたの断因は、私たちの設計に足りなかった最後の機能です」


 転嫁先を作る。

 損失を最小化する。

 冬真が本当の根だけを切る。


 理論上、救える人数は最大になる。


「神様みたいですね」


 鷹取は首を振る。


「逆です。神様がいないから、人間が選ぶ」


 冬真は資料を一枚取った。


 モデルの重みづけ。


 社会損失。

 復旧費。

 人口。

 医療優先度。


 そこに、見慣れない項目がある。


 《追跡困難係数》


「これ何」


 鷹取は答えなかった。



 鷹取の提案資料は、冬真の能力をすでに機能分解していた。観測、判定、終端固定、切断。最後の一行だけ《久世冬真依存》と赤字で書かれている。


「勝手に分析されると腹立ちますね」


「精度は高いと思います」


「そこがもっと腹立つ」


 鷹取は冬真を英雄扱いしない。希少な機能として扱う。その冷たさは、逆に誘惑として強かった。ここなら自分の能力を最大規模で使える。誰も“若いから”と止めない。もっと大きな事故を切れる。


 冬真は一瞬、その未来を想像した。


 だから《追跡困難係数》を見つけた時、失望も大きかった。


「これがなかったら、かなり迷った」


 鷹取が初めて冬真を見る。


「正直ですね」


「条件いいんで」


「給与も?」


「そこも」


 御厨が横で小さく舌打ちした。


 鷹取は冬真の前に、もう一枚の条件書を置いた。年俸。研究予算。専用チーム。今より明らかにいい。


 冬真は数字を見てしまった。


「見ますよね」


「見るでしょ、普通」


「あなたはもっと綺麗に断ると思っていました」


「何で」


「正義感が強いから」


 冬真は少し笑った。


「給料と正義感、同じ財布に入りますよ」


 条件は魅力的だった。専用の解析室まである。自分がずっと欲しかった“もっと大きな事故を切れる場所”がここにはある。


 だからこそ、追跡困難係数を見つけた後もすぐ立ち上がらなかった。惜しいと思った。


 その惜しさごと、自分の判断に含める。


「これ直したら?」


「何を」


「人を安くする式」


 鷹取は答えず、指を組んだ。


 その沈黙で、冬真はたぶん直さないのだと分かった。


 専用チームの構成案には、冬真が望めば由奈や御厨に近い役割まで用意すると書かれていた。鷹取は本気で引き抜くつもりらしい。


「人までセットで釣るんだ」


「あなたが一人で完結しないことは理解しています」


「よく見てる」


「能力より、そこを評価しています」


 冬真は少し意外だった。


 鷹取は続ける。


「強い能力を持つ人間は、よく自分だけで世界を動かせると誤解する。あなたは最近、それをやめた」


 褒められても素直に喜べない。


「じゃあ何で、そんな俺に人を選ばせる」


「選ばない人間にこそ、選ぶ権限を渡したい」


 理屈としては綺麗だった。


 だから冬真は、資料の小さな係数を見落とさなかった自分を少し誇らしく思った。綺麗な提案ほど、端を見る。


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