第90話 誰の七人でもない
翌朝、市長は記者会見で「事故ゼロ」の看板を外した。
代わりに、旧住宅区の十一件を再調査すると発表した。
冬真は会見を見ず、駅前の牛丼屋にいた。
「国の指名案件までやる人が、朝から並盛ですか」
由奈が言う。
「大盛り」
「そこだけ成長した」
「昨日、ほとんど食ってないから」
「最初からそう言えばいいのに」
「面白くないだろ」
月島も珍しく同席していた。
彼女はスーツだけ妙に綺麗だ。
由奈がじっと見る。
「何で皺ないんですか」
「予備を持ってきました」
「泊まる前提?」
「事故は予定通り終わらないので」
「怖い準備力」
御厨が味噌汁をすすりながら言った。
「こいつは替えの靴下すら忘れるぞ」
「何で言うんですか」
「事実」
冬真が月島を見る。
「またその言い方」
「私の専売特許ではありません」
「昨日返せって言ってたのに」
由奈が二人を見比べる。
「何の話?」
「炭酸水」
「その説明で分かる人いない」
「分からなくていい」
月島はそう言って報告書を開いた。
ある一文を削除する。
《社会的損失が最小となる区域への誘導》
代わりに、
《居住者をコスト変数として扱う転嫁は採用不可》
「かなり踏み込みましたね」
冬真が言う。
「間違っていたので」
「認めるの早い」
「遅く認める利点があります?」
「ない」
月島は報告書を閉じた。
「七人でも十一人でも、誰かに押しつければ済む数字ではない」
それだけ言って味噌汁を飲む。
冬真は何も足さなかった。
大盛りを半分食べたところで、ようやく空腹を自覚する。
身体が遅れて事故の終わりを理解していた。
「久世さん」
「何」
「昨日の三つ目、最初から考えてました?」
「いや。途中で」
「安心しました」
「何が」
「最初から全部分かってる人だったら、嫌いになるところでした」
冬真は箸を止める。
「俺も月島さん嫌いにならずに済んでます」
「それはどうも」
御厨が「朝から仲いいな」と言い、二人に同時に睨まれた。
由奈だけが面白そうに笑う。
「今の同時でしたね」
「数えるな」
「統計にするな」
冬真と月島の声がまた重なった。
御厨が箸を置く。
「もう仲いいでいいだろ」
「違います」と冬真が言った。
月島は答える代わりに、冷めかけた味噌汁をすすった。
牛丼屋を出ると、朝の駅前には出勤する人が流れている。
昨夜あれだけ街が壊れかけたのに、電車は走り、コンビニは開いている。
月島が駅へ向かいながら言った。
「今日、午後から通常勤務です」
「寝ないの?」
「二時間寝ます」
「それ寝たに入らない」
「久世さんに言われたくない」
由奈が後ろから言う。
「二人とも健康管理研修行ってください」
御厨は欠伸をしながら「俺は帰る」と即答した。
「一番まともだ」
冬真も今日は帰ることにした。
強くても眠気には勝てない。そこは変わらない。




