第89話 全部戻せ
避難所を出た冬真は、市の車で地下の災害制御室へ戻った。濡れた靴下が冷たい。月島から届いた確認表は、折れないよう胸ポケットに入れていた。
災害制御室の壁には、転嫁ネットワークの系統図がいっぱいに映っていた。
冬真が切れば、押しつけられていた残因が本来の場所へ戻る。
中心街。
病院。
駅。
全部同時に危険になる。
でも今回は、先に人を動かした。旧住宅区の未確認者ゼロ。戻る先の駅、病院、商業区にも人が配置されている。そこまで揃っても、危険がなくなるわけではない。
「御厨さん、住宅区は?」
『最後のバスと病院搬送、名簿で照合済み。現場にも残ってない。住宅区は別班に任せて、俺は駅側へ移った』
「月島さん、戻る側は」
『駅の流入規制、病院の移動先、商業区の分散誘導。現場責任者から三つとも確認を取りました』
冬真は一度だけ呼吸を置いた。どれか一つ欠けていたら、今夜はまだ切れなかった。
「由奈、経路は?」
『住宅区への転嫁線も、戻る先も重ねました。見失った線はありません』
冬真は制御盤へ手を置く。
逆照。
何本もの残因が住宅区へ流れ込む関係を掴む。
「返す」
断因。
黒い線が一斉に反転した。
市内各地で警報。
でも人はもう動いている。
現場班が待っている。
中心街からガラスの割れる音が通信に入った。駅の階段が一段増え、病院の廊下が不自然に伸びた。
『駅、階段の列は止めた。先頭の客が足を出しかけたが、引き戻した』
御厨の声の後ろで笛が二度鳴る。続いて月島から連絡が入った。
『病院、車椅子は伸びた廊下に入れていません。夜勤班が全員の行き先を確認中です』
冬真は制御盤から手を離さなかった。黒線が戻る場所を探すように揺れている。
『病院、人数が合いました』
月島の報告を受け、由奈が核の位置を一本ずつ送った。冬真は逆照で各地点と目の前の線をつなぐ。
一つ。中心街へ戻った黒線が消えた。
二つ。駅の階段が元の高さに戻ったと、御厨から連絡が来る。
三つ目を見切る間に、由奈は病院側の退避完了を画面に記録した。
四つ目で制御盤の警報が一つ止まった。冬真は残る一本が重なる場所を見定める。
五つ目の根核が重なった時、街の信号が一斉に青へ戻った。
連鎖終端。
「ここで終わりだ」
夜十一時七分。
桐森市の異常発生数は、初めて本当のゼロになった。




