第9話 三年前の番号
K-0317。
番号の正体は、事故番号ではなかった。
三年前まで使われていた「暫定復旧管理コード」。
特異災害の正式認定が間に合わない時、民間会社や行政が一時的に現場を再開するための内部番号だった。
「廃止された制度ですね」
由奈が画面をスクロールする。
「白昼断層の直後、案件が多すぎて正式審査が追いつかなかった時期に使ってた」
冬真は資料を読む。
暫定復旧。
条件付き利用。
継続監視。
現場を止め続けられないための仕組み。
「悪い制度じゃない」
新田が言った。
「むしろ必要だった。東京を全部閉めるわけにはいかなかったから」
「でもK-0317の案件、最終閉鎖確認がない」
「当時は閉鎖確認そのものが任意だった」
冬真は顔を上げた。
「じゃあ、終わったか確認してない?」
「正確には、“再発報告がなければ終了扱い”」
新田は机に指を置いた。
「事故が多すぎた時代の妥協よ」
誰かが悪かったわけではない。
だから余計に厄介だった。
冬真はD級資料庫でK-0317を検索する。
ヒット数。
17。
以前、水無月ホテルを検索した時に表示された関連記録数と同じ。
心臓が一度強く鳴った。
「課長」
「何」
「この17件、全部見たい」
新田は端末から目を上げなかった。
「権限が足りない」
「誰なら見られる?」
「C級以上の案件共有権限。都局か、うちなら部長クラス」
冬真は迷わず言った。
「上げてください」
新田が眉を上げる。
「そんな軽く言う?」
「軽くはないです」
冬真は画面の数字を見る。
「この中に、水無月ホテルがある」
新田の表情が変わった。
彼女は冬真の過去を知っている。
「それでも今のあなたに全部見せる権限はない」
「分かってます」
「なら、目の前の案件を終わらせなさい」
新田は冷たく聞こえる声で言った。
「一段上の情報が欲しいなら、一段上の仕事をする。それしかない」
冬真は頷いた。
悔しいが、正しかった。
K-0317の一覧を閉じても、冬真の頭の中では十七件が並び続けた。
水無月ホテルだけなら、自分の過去だ。
十七件なら、仕事になる。
その違いは大きい。
新田は冬真の顔を見て言った。
「個人的に追うなら止める」
「仕事なら?」
「成果を出して権限を取ってから追いなさい」
「厳しい」
「会社はカウンセリング機関じゃないから」
冷たい言い方だったが、冬真にはむしろ助かった。
過去に沈みそうになるたび、金、権限、契約、資格という現実の重りを付けてくれる。
自分だけの傷にしない。
仕事として扱う。
たぶん、その方が水無月ホテルにも近づける。
◇ 偽装された原因
二人目の死は、怪異ではなく、人間の行為によって起きたものだった。
警察が見つけたのは、薬そのものではなく、服薬記録の改ざんだった。
女性は勤務先の上司から睡眠薬を渡されていた。
内部不正の相談を取り下げさせるため、判断力を鈍らせる目的だったという。
量を誤り、死亡。
上司は事故物件であることを知っていた。
そこで、死後に部屋の異常が再発したように見せれば、死亡原因も怪異に寄せられると考えた。
宅配依頼も、不在票も、異常を誘発するための操作だった。
「馬鹿だな」
御厨が言った。
「怪異を使えば証拠が消えると思ったらしい」
冬真は取調べ概要を読んだ。
「半分は消えた」
「何?」
「最初の捜査、怪異の可能性があるってだけで普通の生活記録の確認が薄くなってる」
御厨は黙った。
怪異が存在する社会では、怪異は言い訳にもなる。
冬真たちの仕事が増えるほど、その穴も増える。
現場へ戻る。
人間の犯罪は警察が処理する。
残ったのは配管井の異常だけ。
「じゃあ、こっちはどう閉じる」
御厨が聞く。
冬真は二〇七号室と配管井の古い記録を並べた。
元々、二つの建物は一つの排水設備を共用。
切り離した時、設備台帳上は更新済み。
しかし消防設備図だけ、旧状態のまま残っている。
事故の記録では「二〇七号室へつながる管」がまだ存在する。
現実では存在しない。
「これ、怪異が古い図面を正しいと思ってる?」
由奈が言った。
「怪異が思う、は違うかも」
冬真は図面を重ねる。
「現実の一部が、古い結果をまだ採用してる」
なら、閉じる方法は一つ。
祓うのでも、壊すのでもない。
記録と現実を一致させる。




