第8話 彼の判断を先に
翌朝、都局と警察を交えた合同現場会議が開かれた。
冬真は隅に座るつもりだった。
「久世さん、前」
呼んだのは御厨ではない。
都局の主任調査官、真壁宗一郎。五十代。二十年以上現場にいる男で、民間の補助員に興味を示したことは一度もなかった。
「私ですか」
「そう。まず彼の判断を聞こう」
室内の視線が集まる。
冬真は一瞬、逃げたいと思った。
でも資料を開いた。
「一人目の死亡は、配管井に残った異常の影響を受けた可能性が高いです」
「二人目は?」
警察の刑事が聞く。
「別です」
「根拠」
「二人目の死後、本人のスマートフォンから再配達依頼が送られている。配管内部には同日の不在票が残っていた。異常は“届かなかったものを受け取る”動作を繰り返しているように見えます」
「それが殺人とどうつながる」
「まだつながりません」
冬真はそこで止めた。
以前なら、何か言わなければと焦ったかもしれない。
「分からないところまで分かったふりをしない」
真壁が言った。
「それでいい。続けて」
冬真は頷く。
「二人目の死は、この異常を知っていた人間によって“部屋の事故”に見えるよう加工された可能性があります」
管理会社担当者が青ざめた。
「そんな……」
「誰がやったかは分かりません。ただ、怪異を原因にすれば、普通の証拠が見落とされる」
御厨が腕を組んだ。
「怪異があるから、全部怪異のせいにした?」
「はい」
真壁が資料を閉じる。
「警察は二人目を再捜査。都局は配管井の特異現象を分離して扱う。復旧判断は保留」
そして冬真を見る。
「久世君」
「はい」
「君は“閉じる条件”を探してくれ」
名前を知っていた。
それだけなのに、冬真は妙に喉が乾いた。
御厨が横で小さく笑う。
「名前、また一人に覚えられたな」
「危険度も上がってますけど」
「給料も上げてもらえ」
「そこは本当にそう思います」
会議が終わった後、真壁は冬真を呼び止めた。
「さっきの“分からない”は良かった」
「褒められるところですか」
「現場で一番高くつくのは、分からない人間が分かった顔をすることだ」
真壁はそれだけ言って去った。
御厨が横で聞いていた。
「良かったな」
「何が」
「年上に褒められて」
冬真は御厨を横目で見る。
「主任も年上でしょう」
「俺は褒めてない」
「たまにはしてください」
御厨は一秒だけ考えた。
「調子に乗る」
軽口を叩きながら、冬真は少しだけ胸が軽くなった。
能力があるから評価されたのではない。
分からないところを分からないまま止めたことを評価された。
その方が、長く続けられそうだった。
◇ 死んだあとに届く荷物
警察の再捜査で、一つの事実が出た。
二人目の女性は死亡前日、勤務先の内部不正について上司へ相談していた。
勤務先は建築設備会社。
社名を見て、由奈が画面を拡大した。
「東央リスクメンテナンスの協力会社です」
「またつながった?」
「弱いですけど」
冬真は二人目の宅配履歴を見る。
死後に届いた荷物は一つではなかった。
一週間の間に三件。
工具。
メンテナンス通知。
交換用フィルター。
どれも本人が注文した記録はない。
「送り主は?」
「全部違います。でも発送代行倉庫が同じ」
御厨が言う。
「そこ行くぞ」
倉庫は埼玉県境近くの物流センターだった。
警察同行で出荷記録を確認する。
三件とも、システム上は自動発注。
発注元コードに見覚えのある数字があった。
K-0317。
由奈が北区マンションの事案資料を開く。
「北区マンションの三年前の設備点検番号……K-0317です」
偶然ではない。
ただし、同じ担当者ではない。
同じ会社ですらない。
番号だけが、複数のシステムを渡っている。
「誰かが意図的に使ってる?」
「その可能性はある」
冬真は出荷票を見ながら言った。
「でも、人がやってるにしては雑すぎる」
「どういう意味です?」
「隠したいなら同じ番号を使わない」
御厨が眉を寄せる。
「じゃあ怪異がシステムを使ってる?」
「分からない」
冬真は自分の言葉に苛立った。
分からないことが増える。
ただ一つ、はっきりした。
この二件は、部屋だけの問題ではない。
古い記録そのものが、今の社会のシステムを通って動いている。
帰りの車で、由奈がぽつりと言った。
「事故って、書類の中でも生きるんですね」
冬真は窓の外を見た。
「生きてほしくないけどな」




