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第7話 家賃三万九千円

調査は一日延長になった。


管理会社の担当者は露骨に嫌な顔をした。


「異常反応がないなら、これ以上は……」


新田が電話口で淡々と返す。


『三人目を入れてから何か起きた場合、御社が“二件の死亡を把握した上で追加調査を断った”記録が残りますけど、それで進めます?』


五秒で延長が決まった。


「課長、強いですね」


由奈が感心する。


「怪異より契約書に強い」


昼過ぎ、冬真たちは近所のファミレスへ入った。


現場待機扱いなので、遠くへは行けない。


「本当に住めそうじゃないです?」


由奈が賃貸サイトを見せてくる。


二〇七号室。


家賃三万九千円、管理費三千円。


「住まない」


「今の久世さんの家、いくらでしたっけ」


「七万二千」


由奈はスマホの電卓を叩いた。


「毎月三万三千浮きますよ」


「命が浮く可能性もある」


計算結果を見たまま、由奈が真顔になる。


「それは困る」


御厨がコーヒーを飲みながら言った。


「お前ら、現場の部屋を家賃で見るのやめろ」


「主任、持ち家ですか?」


「聞くな」


「持ち家だ」


冬真と由奈が同時に言った。


御厨が眉を寄せる。


「何で分かる」


「反応」


「残因解析です」


「くだらないことで使うな」


少し笑ったあと、冬真は二人目の契約書へ目を戻した。


入居時、家賃は五万八千円だった。


一人目の事故後に値下げ。


さらに二人目死亡後、三万九千円。


だが、告知事項の欄がおかしい。


一人目の事故は記載。


二人目は「病死相当」とだけ書かれている。


「誰が判断した?」


由奈が管理会社の記録を探す。


「外部の事故物件調査会社です。えっと……東央リスクメンテナンス」


冬真は名前に引っかかった。


「それ、北区のマンションにも入ってなかった?」


「確認します」


数分後、由奈の顔から笑いが消えた。


「入ってます。三年前の設備事故の事後調査」


同じ会社。


ただし担当者は別。


偶然で片づけるには、少し近づきすぎた。


ファミレスを出る時、冬真はレジ横の住宅情報誌を一冊取った。


「住む気になりました?」


「相場を見るだけ」


「二〇七号室が基準になると、どこも高く見えますよ」


「事故物件基準で家探しするほど困ってない」


そう言いながらも、正社員になったら少し広い部屋へ引っ越したいと思っている自分に気づく。


給料、家賃、通勤時間。


仕事で扱う八億や一億とは違う、自分の生活の数字。


冬真は住宅情報誌を丸めて鞄へ差した。


「正社員になったら、八万までなら出してもいいかな」


由奈がすぐ振り返る。


「急に強気」


「八万で強気扱いするな」


「じゃあ九万」


「それは無理」


「弱い」


冬真は笑って、自販機の百四十円の水を買った。


一万八千円増えたからといって人生は変わらない。けれど、帰りのタクシーを一回、値段を見ずに呼べるくらいの余裕はできた。


今は、そのくらいで十分だった。


◇ 壁の向こう


封鎖された配管井を開けるには、建物所有者の許可が必要だった。


許可が下りたのは夕方六時。


御厨が鉄板を外す。


中から古い湿気と、錆の匂いが流れ出た。


配管はほとんど撤去されている。


ただ一本だけ、途中で切断された排水管が残っていた。


「どこにつながってる?」


由奈が図面を照合する。


「昔は二〇七号室の浴室。今は両側とも塞がれてます」


冬真は管の切断面を見る。


内側に、爪で引っ掻いたような傷がある。


「誰か入ったことある?」


「人は無理ですよ」


直径十五センチ。


御厨がライトを差し込む。


奥に何か白いものが見えた。


取り出したのは、宅配便の不在票だった。


二人目の女性宛て。


死亡した日のもの。


「何でこんな所に」


由奈が息を呑む。


冬真は不在票を受け取った。


配達時刻は午後八時十二分。


二人目の死亡推定時刻は午後七時前後。


裏面に、赤いボールペンで番号が書かれていた。


207。


部屋番号と同じ数字だ。誰が裏に書いたのか、これだけでは分からない。


その瞬間、切断された配管の奥からスマートフォンの通知音がした。


ピロン。


由奈が固まる。


「今の……」


もう一度。


ピロン。


冬真は手を伸ばさなかった。


「主任」


「分かってる」


御厨が全員を下げる。


配管の中で、女性の声がした。


『再配達をお願いします』


機械音声ではない。


生きていた時の本人の声だった。


冬真の背中を汗が伝う。


怪異が二人目を殺したわけではない。


でも、誰かが二人目の死後、この怪異を利用した。


その証拠が、壁の向こうに残っている。

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