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第6話 事故物件

次の案件は、怪異より家賃の方が先に気になった。


「三万九千円?」


冬真は募集資料を二度見した。


中野区、駅徒歩九分、築二十八年、一K。狭いが、東京で三万九千円は安い。


「事故物件ですから」


由奈が平然と言う。


「それでも安い」


「住みます?」


「仕事内容知った上で勧めるな」


問題の二〇七号室では、半年の間に二人が死んでいた。


一人目は七十二歳男性。浴室で転倒し、頭部を打って死亡。


二人目は二十三歳女性。睡眠薬の過量摂取。


死因も時期も違う。


警察は事件性なし。特異災害対策局にも一度情報が上がったが、反応なしで終了。


それでも管理会社は三人目の入居者を決められず、民間調査を入れた。


「営業的には“異常なし”が一番ありがたい案件ですね」


由奈が言う。


「それを現場で言うな」


「新田課長なら言います」


「課長は数字の前でしか言わない」


二〇七号室はきれいに清掃されていた。


白い壁紙。


新品のユニットバス。


フローリングにも目立った傷はない。


冬真は玄関から一歩入ったところで止まった。


違和感がある。


強くはない。


でも、きれいすぎる。


「何かあります?」


「まだ分からない」


部屋を一周する。


浴室。


一人目が死んだ場所。


特に何もない。


キッチン。


異常なし。


居室。


二人目が倒れていた場所。


冬真は窓の前で立ち止まった。


「由奈、二人目の発見位置」


「ベッド脇。窓から一・八メートル」


「写真ある?」


由奈が開く。


ベッドの位置。


薬のシート。


スマートフォン。


冬真はしゃがんだ。


「二人目の死因、この部屋の異常とは別かもしれない」


「何を見てそう思ったんですか」


「死んだ場所はここで合ってる。けど、残因がこの部屋で終わっていない」


窓の外を見る。


向かいは、隣の建物の壁しかない。


その壁に、小さな換気口が開いていた。


ちょうど二〇七号室へ向いている。


その瞬間。


隣の壁の向こうから、浴槽に何かが落ちる音がした。


ごとん。


浴室には誰もいない。


事故物件という言葉は便利だった。


住人が死んだ部屋も、怪異が出る部屋も、不動産サイトでは同じような注意書きになる。


冬真は管理会社の説明を聞きながら、それが少し危険だと思った。


“事故物件だから変なことが起きても仕方ない”。そう考えた瞬間、普通なら調べるはずの違和感まで怪異の箱へ放り込まれる。


一人目の転倒。


二人目の薬物死。


違う死に方だからこそ、同じ部屋で起きたことに引っ張られてはいけない。


御厨が資料を閉じた。


「人間の方が分かりにくいな」


「怪異は嘘つきませんから」


「本当のことも言わないけどな」


「それもそうですね」


今回は、その間に人間の嘘が入り込んでいる。


◇ 二人目は違う


浴槽の中には、何もなかった。


ただ排水口だけが濡れている。


「水、止めてるんですよね」


由奈が管理会社へ確認する。


「元栓から止まってます」


冬真は排水口に指を近づけた。


冷たい空気が上がってくる。


一人目は浴室で転倒。


二人目は睡眠薬。


表面だけ見れば共通点はない。


だが残因の感触は、一人目より二人目の方が薄かった。


「二人目は、この部屋に殺されたんじゃない」


「じゃあ普通の自殺?」


「それとも違う」


冬真は二人目の資料を読み直した。


薬は本人名義の処方薬。


遺書なし。


仕事を休職中。


警察は事故または自死として処理。


唯一、不自然な記録がある。


死亡推定時刻の三時間後、本人のスマートフォンから宅配便の再配達依頼が送られている。


「予約送信?」


由奈が首を傾げる。


「宅配アプリにそんな機能ない」


「誤操作?」


「死人が?」


由奈が黙る。


御厨は窓際に立ったまま、向かいの建物を見ていた。


「隣、何だ」


「解体予定の古い雑居ビルです」


「入れるか」


管理会社を通して鍵を借りる。


雑居ビル三階。


二〇七号室と向かい合う位置には、封鎖された配管スペースがあった。


鉄板で塞がれ、赤いテープが貼られている。


「危険物?」


「違います」


由奈が古い図面を開く。


「昔、二つの建物で共用していた排水管がここを通ってたみたいです。十年前に切り離し」


冬真は鉄板へ触れた。


強い。


ここだ。


だが、二人目の死因とは合わない。


そこが気持ち悪い。


「一人目はこの残りに巻き込まれた」


「二人目は?」


「誰かが、一人目と同じに見せようとした」


御厨の顔が変わった。


「人間が混ざってる?」


冬真は頷いた。


怪異より、その方が嫌だった。

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