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第86話 正しい数字

月島はシステムを今すぐ止めることに反対した。


「現時点で代替手段がありません」


「十一人死んでる」


「止めれば増える可能性がある」


「だから続ける?」


「違います。先に受け皿を作る」


 冬真は机を指で叩いた。


「その間に十二人目が出たら」


「それも私たちの責任です」


「綺麗に言うな」


 月島の目が冷える。


「綺麗に聞こえるなら、あなたが怒っているからです」


 言われて、冬真は口を閉じた。


 確かに怒っている。


 少女の顔が残っている。


 だから判断まで急いでいいわけではない。


 御厨が二人の間へペットボトルを置いた。


「喧嘩終わった?」


「してません」


 二人同時に言った。


「じゃあ似てるな」


「それは嫌です」


 また同時だった。


 冬真は少しだけ力が抜けた。


「受け皿、何時間で作れる」


 月島が答える。


「最短で四時間」


「じゃあ四時間でやる」



 月島との言い合いの後、冬真は廊下の自販機で炭酸水を買った。一度買ったのに、苛立ちまぎれにもう百三十円入れて、同じボタンを強く押してしまった。受け取り口で二本の缶がぶつかった。


「機械に当たらないでください」


 月島が一本拾う。


「当たってない」


「顔が当たってます」


「顔でどうやって」


 月島は笑わなかったが、一本を冬真に返さず自分で開けた。


「これ、私の分ということで」


「百三十円」


「後で払います」


「細かいな」


「あなたに言われたくない」


 そこで冬真の苛立ちが少しほどけた。


 四時間。受け皿を作る。その間に事故が来ない保証はない。でも、怒った勢いで切るよりはいい。


「四時間で無理だったら?」


「三時間五十分で判断し直します」


 月島はそういう人間だった。数字に隠れず、数字で決める。


 受け皿計画は、避難所を増やすだけでは足りなかった。残因を住宅区から戻せば、中心街の病院と駅にも危険が戻る。


 月島は市の地図に三つの印を付けた。病院は夜勤班と患者の移動先を確保する。駅は危険な階段への流入を止め、別の改札へ誘導する。商業区は店を閉めるだけでなく、路上に人を溜めない。


「住宅区が空でも、こっちができてなければ切れません」


 月島が印を指で押さえる。


「両側の確認が揃った時だけです」


 冬真は頷いた。四時間後に切る、と決めたのは自分だ。その時刻が来ても、条件が揃わなければ押せない。


 冬真は細かい配置に口を出しかけ、途中でやめた。


「そこは月島さんの方が上手い」


「珍しく素直ですね」


「俺、全部できるって言ったことない」


「顔には書いてあります」


「今日それ二回目」


 月島は自分の担当へ戻る。


 数分後、病院配置の一覧が冬真の端末から消えた。月島側へ引き取られたのだ。


 冬真の画面に残ったのは、一本の残因だけ。


「これなら見える」


 誰にも聞かせるつもりのない声だった。


 四時間後に切る場所だけは、誰にも渡さない。


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