第84話 住んでいる
市長面談の前に、冬真はもう一軒だけ寄った。
十一件目の死者が住んでいた部屋。
部屋には高校生の娘が一人残っていた。
「父は、心臓が悪かったって聞きました」
「その可能性はあります」
冬真は即答しなかった。
「ただ、この地域に異常が流れ込んでいた形跡もある」
「じゃあ、殺されたんですか」
簡単な言葉ほど答えづらい。
「今はそこまで言えない」
少女は少し黙った。
「またそれ」
「よく言われる?」
「大人に」
冬真は返す言葉を探す。
「俺も嫌いです、その言い方」
「使ってるじゃん」
「仕事だと必要な時ある」
少女が初めて少し笑った。
少女の部屋には、父親が使っていた作業着がまだ椅子に掛かっていた。捨てるタイミングを失ったのだろう。冬真はそれを見て、水無月ホテルの後、自分が八年間捨てられなかった古い腕時計の記憶を思い出した。
「大人って、分からないって言えば逃げられるからいいよね」
少女の言葉は刺さった。
「逃げる時もある」
冬真は認めた。
「でも今は、逃げるために言ってない」
「違い分かんない」
「俺も十六の時は分からなかった」
少女が初めて冬真を見る。
「同じことあったの?」
「ちょっと違う。でも、答え待ってる間に大人になった」
それ以上は話さなかった。自分の過去を使って信用を買うのは違う気がした。
少女の父親は電気工だった。工具箱の中には使い込んだテスターと、コンビニのポイントカードまで入っていた。
「これ、ずっと持ってたんですか」
「仕事帰り毎日コンビニ寄る人だったから」
少女が笑う。
「ポイント、めっちゃ貯めるくせに使わないの」
冬真は自分の財布にも同じ店のカードがあるのを思い出した。人は死ぬ時、立派な象徴だけ残すわけではない。こういうどうでもいい癖の方が残る。
「俺も使わない」
「じゃあ使った方がいいよ。死んだらもったいない」
「それ、かなり効くな」
冬真は本気で笑った。
部屋を出ようとした時、少女が工具箱の蓋をそっと閉めた。金具が一度だけ硬い音を立てた。
「これ、捨てないから」
「うん」
冬真が靴を履き終える前に、少女はその箱を父親の作業着が掛かった椅子の下へ戻した。
帰りの道で、冬真は自分のポイント残高を確認した。二千三百円分。




