第83話 便利な犠牲
市の異常対策システムは、鷹取の会社が設計していた。
中心部で異常が発生すると、避難情報と復旧優先度を自動で計算する。
その裏に、もう一つの処理があった。
残因の“低損失地域”への誘導。
「低損失って何を基準に?」
由奈が読む。
「人口密度。地価。重要インフラ。事業継続影響」
「人の価値じゃないです、って言いそうですね」
月島が答える。
「実際、その建付けです」
「でも結果は同じ」
冬真は画面を閉じた。
旧住宅区の十一人。
誰も“選ばれた犠牲者”とは書かれていない。
ただ、別の場所を安全にするたび、残因がここへ流れていた。
便利だ。
中心街は安全になる。
観光客も減らない。
市の数字も綺麗になる。
そして、数字から外れた場所だけが汚れる。
「市長、知ってますかね」
御厨が聞く。
「聞けば分かる」
冬真は立った。
「今回は先に怒らない?」
由奈が言う。
「努力します」
システム設計書はよくできていた。異常発生時に人口密度、医療機関、交通量を評価し、被害を“広げない”ようにする。普通のBCPとして読めば優秀だ。
問題は、残因の存在まで最適化対象に入れていること。
「これ書いた人、頭いいですね」
由奈が言う。
「うん」
「嫌そう」
「頭いいから嫌なんだよ」
雑な悪意なら止めやすい。合理的な仕組みは、人を納得させながら長く残る。
冬真は設計書の最終ページに鷹取の電子署名を見つけた。作成日は二年前。つまり終端設計室は、最近始めたのではない。市の“事故ゼロ”という成功そのものが、二年間かけて作られていた。
「長いな」
「何が?」
「間違った成功って、長持ちする」
由奈はモデルの入力項目を紙に書き出した。人口、地価、病床、交通、企業数。冬真はその横に手書きで《人が住んでる》と書いた。
「雑」
「でも抜けてる」
「モデルにそのまま入れられないでしょ」
「だから人が見るんじゃないの」
由奈は少し黙り、それから紙を写真に撮った。
「保存した」
「何で」
「腹立つけど正しいから」
冬真が笑うと、由奈は紙を畳まず、設計書の表紙に重ねた。さっきまで数字で埋まっていた机の真ん中に、冬真の雑な字だけが残った。




