第79話 どれを信じる
冬真は能力を開く前に、御厨が横についているのを確かめ、現場データを並べた。
四十二本のトンネルでは、運転者が“出口表示を見てから”減速している。
神奈川だけは映像がない。表示が現れた時刻も、風が逆向きになった時刻も分からない。
それでも、車のいない閉鎖区間で、塞がれた壁の奥から風が来る。結露も反対方向へ流れていた。月島の風速計にも、今の異常は残っている。
「順番は分からない。でも、この壁はおかしい」
月島が聞く。
「能力じゃなく?」
「能力も使う。でも最後は合わせる」
残因視を開く。
今度は全部を見ない。
神奈川の一本だけを見る。
黒い根。
そこから全国へ四十二本の偽出口が伸びている。
「見えた」
冬真の声が落ち着く。
鷹取の罠は、能力を否定するためではない。
能力だけを信じさせるための罠だった。
冬真は少し笑った。
「性格悪いな」
御厨が言う。
「お前と気が合いそうだ」
「最悪」
月島が現場記録の《現象発生時刻》にペン先を置き、止めた。
「神奈川は、ここが空欄ですね」
「俺たちが入った時には、風も表示もあった。どっちが先かは見てない」
月島は空欄に無理な時刻を入れず、備考へ《逆風・結露を現時点で確認/発生順不明》と書いた。
「次の現場では、最初から風向も測りましょう」
「勝手に俺の発見を制度化する」
「署名は久世さんにします」
「じゃあいい」
御厨が呆れる。
「そこかよ」
「成果は名前つけないと」
若い自尊心だと分かっている。でも、仕事で取ったものを“誰かの一般論”にされたくはない。
冬真は残因視を狭く開いた。今度は見たい一本だけを見る。視界は静かだった。自分が能力を使うのではなく、能力を選んで使えている。
冬真は四十二本の偽出口に共通する“人間側の癖”も見つけた。表示が出た後、運転手は左へ寄る。神奈川では走行車両がないまま、風が右から左へ流れ、埃の筋も同じ方向を向いている。
月島が濡れた壁へライトを当てた。
「この風、表示を消しても止まるとは限りませんね」
冬真は指先についた水滴を拭った。
「だから、根を見てから切る」
ライトを戻しても、冬真の指先には壁の冷たさが残っていた。見えた線だけを信じなくても、今ここにある異常は消えない。
「今の、資料に使える?」
「使えます」
「俺の名前入れて」
「またそれ」
「成果は大事」
御厨が笑う。
「給料上がるからな」
「主任、分かってきた」
「嫌な教育した覚えねえ」
冬真はもう一度だけ残因視を開いた。物理と能力が同じ答えを指している。今度は迷わない。




