第78話 御厨の仕事
冬真はトンネル床へ座らされた。
「五分休め」
「そんな暇ない」
「ある。俺が作る」
御厨は現場班へ指示を飛ばす。
車両規制。
換気。
壁面温度確認。
冬真は黙って見た。
御厨は“久世が分かるまで待つ人”ではない。
待つために、現場を持たせる人間だった。
月島が水を渡す。
「飲んでください」
「命令?」
「お願いに聞こえます?」
「聞こえない」
「なら正解です」
冬真は飲んだ。
能力を閉じる。
代わりに普通の目で見る。
トンネルの風。
排気。
壁の結露。
四十三本のうち、ここだけ風が逆向きだ。
「そういうことか」
御厨が振り向く。
「戻ったか」
「たぶん」
「その言葉が出るなら大丈夫だ」
五分の休憩中、御厨は一本も励まさなかった。ただ現場班へ短い指示を出し続け、冬真の代わりに時間を買った。
月島は冬真の前に塩飴まで置いた。
「どこから」
「防災バッグです」
「準備いいな」
「仕事です」
「それ好きですね」
冬真は飴を噛み、能力を閉じた世界を見る。普通の暗いトンネル。濡れた壁。作業灯。御厨の背中。
怪異を見ない方が、怪異の嘘に気づけることもある。
風向きが一か所だけ逆。結露の流れも逆。
「見えるものが全部じゃない」
口に出すと、御厨が振り向いた。
「今さら?」
「今さらです」
悔しいが、今覚えたなら次は使える。
御厨は冬真を休ませながら、自分は一度も座らなかった。交通規制担当と話し、工事会社へ壁の構造を聞き、救助班の配置を変える。
冬真が「主任も休めば」と言うと、御厨は時計を見た。
「俺は今やることある」
「俺もある」
「お前は五分座るのが今の仕事」
「嫌な仕事」
「給料出るぞ」
「じゃあやる」
月島が本気か冗談か分からない顔でこちらを見る。
「久世さん、本当に金で動きますね」
「全部じゃない。動ける理由の一個」
冬真はそう言って塩飴を口に入れた。
御厨が時間を買い、月島が外を止め、由奈がデータを整理する。
冬真は四十三本全部を見るのをやめた。
必要なのは、最後に切る一本を外さないことだけだ。
「あと何分」
「一分四十秒」
「十分」
頭痛が少し引いていた。
休憩の五分が終わる直前、連絡を受けた医療班が合流し、冬真の視野と足取りを確認した。御厨も横から瞳孔へライトを向けた。
「眩しい」
「正常」
「医者じゃないでしょ」
「救助で見る」
月島が医療班と確認し、《現場復帰は条件付き。御厨主任が同行、残因視は一本ずつ。視界が再び揺れれば即中止》と記録する。
「勝手に許可出さないで」
「医療班の確認と、御厨主任の停止判断が条件です」
「二人で俺を管理するな」
「管理される価値があると思ってください」
冬真は文句を言いながら立った。
足は少しふらつく。御厨がすぐ隣で肩を貸す。でも頭はさっきより明るい。
強い能力を持っていることと、無理をしていいことは別。分かっていたはずなのに、理解は今日やっと身体へ落ちた。
「次、全部見ない」
自分へ言うように呟く。
御厨が短く「それでいい」と返した。




