第77話 見えるから怖い
壁の向こうに空間がある。
図面上はない。
残因視を開く。
四十三本の線。
白い点。
偽の終端。
転嫁。
一気に情報が押し寄せた。
冬真の視界が揺れる。
「久世」
御厨の声が遠い。
見えすぎる。
どれも意味があるように見える。
鷹取が作った罠は、怪異そのものより冬真の能力を狙っていた。
「全部、見せれば選べない」
冬真が呟く。
鼻の奥が熱い。
御厨が肩を掴んだ。
「閉じろ」
「まだ」
「目じゃねえ。能力を閉じろ」
「あと少し」
次の瞬間、御厨が冬真を壁から引き離した。
「見るな」
「主任!」
「今のお前は判断してねえ。流されてる」
腹が立った。
でも、その言葉だけは否定できなかった。
情報過多は痛みとは違った。視界の奥へ細い針を何百本も差し込まれるような感じ。一本ずつ意味があるせいで、切り捨てられない。
冬真は自分が呼吸を浅くしていることにも気づかなかった。
「あと少し」
引き離された後も、その言葉だけが喉の奥に残っていた。
「何すんですか」
「今、お前“あと少し”しか言ってねえ」
「見えてる」
「見えてるだけだ」
怒りが一気に上がった。自分の能力を否定された気がした。
「俺しか見えないんですよ」
「だからお前しか止められねえ。壊れたら終わりだ」
返す言葉が消えた。
唯一であることは強さで、同時に壊してはいけない理由でもある。冬真はそれを初めて身体で理解した。
能力を閉じた瞬間、頭の中に残っていた光が遅れて消えた。冬真は目を開けても、白い点の残像が壁に浮かんで見える。
「何本見えてた」
御厨が聞く。
「数えてない」
「数えられないくらい?」
「たぶん」
自分の“強さ”が、そのまま自分を潰す可能性を初めて具体的に感じた。怖い。でも能力を弱めたいとは思わない。むしろ使いこなしたい。
「次は全部見ない」
「できんのか」
「やる」
「できるって言わないんだな」
冬真は御厨を睨む。
「今それ言う?」
「言えるくらい戻ったか見てる」
腹が立つ。けれど、さっきより呼吸は普通になっている。
月島が少し離れた場所で医療班へ連絡し、冬真の視野異常を記録していた。誰も“能力を使うな”とは言わない。ただ、次に使える形へ戻そうとしている。
それがありがたかった。
視界が飽和した時、冬真には四十三本すべてが“正解”に見えた。一本を選べば別の一本が強く光り、その次を見ればまた別の線が浮く。
鷹取は冬真の性格まで読んでいる。見えれば追う。分からなければもっと見る。そこを利用された。
「性格悪い」
冬真が床に座ったまま言う。
「誰が」と月島。
「俺も相手も」
「自覚あるんですね」
「今できた」
御厨が水を投げる。冬真は受け損ね、膝に落とした。
「反射落ちてる」
「うるさい」
「だから休め」
能力だけではなく、自分の癖そのものが攻撃対象になる。そう思うと悔しかった。
同時に、相手がそこまでして自分を止めたいことが少し嬉しくもあった。自分はもう、無視できる若手ではない。




