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第76話 一つだけ本物

冬真は神奈川へ向かった。


 閉鎖トンネルへ入る前、御厨は冬真のヘルメットを一度叩いた。


「今日は見えすぎると思ったら言え」


「子どもじゃない」


「知ってる。だから自分で言えって言ってる」


 冬真は返事をせず歩いた。

 閉鎖中のトンネルには照明が半分しか点いていない。


「嫌な場所ですね」


 月島がヘルメットを直す。


「役所の人もそういう感想言うんだ」


「役所の人も人間です」


「安心した」


 トンネル奥に、四十三番目の出口表示がある。


 《EXIT 100m》


 百メートル先は壁。


 冬真には白い終了点が見えない。


 でも残因はここへ集まっている。


「本物っぽい」


 御厨が言う。


「だから怖い」


 鷹取は冬真が逆照を覚えたことを知っている。


 なら次は、偽物を“偽物らしく”作る。


「全部疑うんですか」


 月島が聞く。


「全部じゃない」


「何を信じる」


 冬真は壁へ手を当てる。


「現場」


 冷たい風が、壁の向こうから吹いていた。




 壁の向こうから来る風には、海の匂いが混じっていた。図面上はコンクリートと土しかないはずなのに。月島が風速計を取り出す。


「毎秒一・八」


「ほら」


「まだ出口の証明ではありません」


「ほんと慎重」


「あなたが雑なんです」


 御厨が前を向いたまま言う。


「両方必要だから一緒にいるんだろ」


 二人とも黙った。正論を御厨に取られると妙に悔しい。


 冬真は壁から掌を離さなかった。向こう側で何かが“出口として待っている”。


 工事閉鎖中のため、トンネルには車の音がない。自分たちの靴音だけが長く反響する。冬真はその静けさが嫌だった。音がない場所では、存在しない音まで聞こえそうになる。


 百メートル先の壁に、反射材の矢印が一つ貼られている。工事用のものだ。なのに冬真が見ると、その矢印だけ黒い残因をまとっていた。


「これ、元から?」


 工事責任者が首を振る。


「昨日まではなかった」


 月島が写真を撮る。


 物理的にも、誰かが現場へ入っている。怪異だけではない。


 冬真は急に背後を振り返った。誰もいない。


「狙われてる感じする?」


 御厨が聞く。


「します」


「なら当たりだろ」


「雑だな」


「お前の勘よりは現実的だ」


 冬真は少し笑い、矢印の先へ進んだ。


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