第74話 公表しない理由
休憩中、冬真は月島に缶コーヒーを渡した。
「甘いの飲みます?」
「無糖です」
「また無糖ですか」
「何ですか」
「御厨さんも真壁さんも無糖」
「統計にしないでください」
「今のところ三人中三人」
「母数が小さいです」
「そういう返しするから月島さんなんですよ」
「どういう意味です?」
「説明すると長いのでやめます」
「逃げましたね」
月島は缶を受け取った。
少ししてから言う。
「公表しない理由、もう一つあります」
「聞いていい?」
「模倣犯が出た場合、止められるのは現状ほぼあなた一人です」
冬真の指がプルタブの上で止まった。
「全国で同時にやられたら」
「あなたは一人です」
冷たい言い方ではなかった。
事実だけを置く、月島の言い方だった。
「だから黙る?」
「今は」
「嫌だな」
「私もです」
月島は缶を開けた。
「嫌でも、選択肢に入れるのが仕事です」
「それ、新田課長が好きそう」
「誰ですか」
「うちの嫌な上司」
「本人に言ってる?」
「毎日」
「それでまだ雇われてるんですね」
「能力が強いので」
「自分で言う」
「事実です」
月島が缶を口へ運ぶ。
「それ、私の言い方です」
「借りました」
「返してください」
冬真は笑った。
しばらくして、月島の缶が半分残っていることに気づく。
「残すんですね」
「午後の会議があるので」
「関係ある?」
「緊張すると飲み切らないだけです」
本人がさらっと言ったので、冬真は余計な反応をしなかった。
「じゃあ次から小さい缶にします」
「次も買う前提なんですか」
「今日おごったので、次はそっちです」
「そういう契約してません」
「今、しました」
月島は何も言わず缶を持ち上げた。
たぶん、拒否ではない。
「俺一人だから公表できないって、結構重いですね」
「重く言いました」
「わざと?」
「あなたは自分が一人しかいないことを、強みとしてしか見ない時がある」
冬真はプルタブを指で弾いた。
図星だった。
唯一であることは気持ちいい。
誰にもできないことができる。
若い自分が大きな現場で名前を呼ばれる。
その快感を否定する気はない。
「でも、一人で全国は無理」
「はい」
「じゃあ、俺が行かなくても死なない仕組みは作る。でも最後に切るのは俺」
「欲張りですね」
「二十四なんで」
「年齢の使い方が雑です」
その夜、冬真は自宅でニュースを流しながら夕飯を食べた。
擬似終端のことは報じられていない。代わりに「大型商業施設の安全点検延長」という短いニュースだけ。
月島からメッセージ。
《限定共有通知、明朝配信決定》
現場資格者だけに、偽の終了点の可能性が通知される。
冬真は《了解》と打って、消した。
《ありがとう》
送る。
すぐ《仕事です》が返る。
《知ってます》
三秒後。
《コーヒーは無糖で》
「契約したじゃん」
冬真は一人で笑った。




