第73話 霞が関
初めて入る国家会議室は、思ったより普通だった。
長机。
水。
名札。
冬真が一番嫌いなものだけは、たくさんあった。
資料。
「全部読むんですか」
月島が横を見る。
「読まないと怒られる?」
「怒りません。困ります」
「そっちの方が怖いな」
会議は挨拶を飛ばして始まった。
議題は一つ。
擬似終端の存在を公表するか。
冬真は公表すべきだと思っていた。
月島は反対した。
「模倣可能性があります」
「隠したら現場が気づけない」
「公開したら、逆に作る人間が増える」
「もう一社作ってる」
「一社で済んでいるうちに止める必要があります」
部屋の空気が少し変わる。
月島は制度を守りたいだけではない。
公開した後に起きる事故まで見ている。
冬真は初めて、彼女の反対を“邪魔”ではなく判断として聞いた。
会議室の窓から国会議事堂の屋根が少しだけ見えた。冬真はそれより、机の下に並ぶ革靴の方が気になった。ここにいる人間はみな、普段自分より大きな判断をしている顔をしている。
発言の順番が来た時、冬真は資料を読み上げなかった。
「擬似終端を隠すなら、現場には最低限“切ってはいけない終了点がある”ことだけ伝えてください」
官僚の一人が聞く。
「詳細を伏せたまま?」
「全部教える必要はない。知らないと死ぬ部分だけ」
月島が視線だけでこちらを見る。少し意外そうだった。冬真も“全部公開”から一歩引いている。
会議は勝ち負けでは終わらなかった。部分公開、限定共有、現場向け警戒通知。その落としどころが決まった時、冬真は国家の仕事が遅い理由を少しだけ理解した。遅いのではなく、壊した時の範囲が広い。
ただし、遅すぎれば人は死ぬ。その苛立ちは残った。
部分公開案が決まった後、会議室の外で一人の官僚が冬真へ名刺を出した。
「若いですね」
「よく言われます」
「国家級案件で怖くない?」
冬真は少し考えた。
「怖いです。でも、呼ばれなくなる方が嫌かも」
自分でも驚くくらい素直な答えだった。
もっと大きい現場に行きたい。自分の能力がどこまで届くか見たい。その欲は人助けとは別に存在する。
官僚は笑って「頼もしい」と言った。冬真はその評価をそのまま受け取らなかった。頼もしいのは、次も外さなかった時だ。
廊下の先で月島が待っている。
「終わりました?」
「名刺もらった」
「枚数で強くならないですよ」
「分かってる」
でも少し嬉しかった。




