↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/106

第71話 指名

国家級合同案件の指名通知は、会社の代表メールではなく冬真個人に届いた。


「ついに会社飛ばしましたね」


 由奈が言う。


「喜んでいい?」


「主任に聞いてから」


 新田はメールを見て、最初に給与規程を開いた。


「指名案件手当、現行だと安いな」


「そこから?」


「そこからだ。国が呼ぶなら国の値段で働け」


 冬真は少し笑った。


 以前なら、呼ばれたこと自体で満足したかもしれない。


 今は違う。


「じゃあ交渉してください」


「言われなくてもする」


 月島から追加連絡。


 次の案件は霞が関。


 会議名は《擬似終端事象に関する緊急検討》だった。


 冬真は画面を閉じる。


「名前長い」


「役所ですから」


「短くしてくれたら一万円安くしてもいい」


「その値引き誰が頼んだんですか」


 その日の午後、新田から条件提示が来た。


 年収換算五百二十万円。


 冬真は数字を二度見した。



 条件交渉の席で、新田は国側の担当者に一歩も引かなかった。危険度S相当の現場へ民間社員を指名するなら、待機時間まで業務として扱え。移動費だけでなく拘束手当をつけろ。事故後の健康診断も国負担。


 冬真は横で聞きながら、少しだけ居心地が悪かった。自分の値段を他人が真面目に交渉している。


「高く売られてる気分」


「安売りされるよりいいだろ」


 新田は資料から目を上げない。


「あなたが強いのは分かった。強い人ほど会社は都合よく使いたがる。それを止めるのが私の仕事」


 冬真は返事を一拍遅らせた。


「……ありがとうございます」


「素直に言うと気持ち悪いな」


「取り消します」


 国家指名という肩書きより、その会話の方が冬真には妙に残った。


 国側の契約担当は、最初「現行規程では」と三回言った。新田は四回目に「現行規程で人が死なないならそれでいいです」と返した。部屋が少し静かになる。


 冬真は横で笑いそうになって耐えた。新田はルールを嫌っているわけではない。ルールを理由に人へ負担を押しつけるのが嫌いなのだ。


 交渉後、廊下で冬真が言う。


「俺の給料のために国と喧嘩した?」


「違う。会社の単価のためだ」


「夢がない」


「会社員の給料は会社の単価から出る。夢より大事」


 その現実的な答えが冬真は好きだった。強くなれば待遇が変わる。その当たり前を、本当に当たり前にしてくれる人間がいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。