第68話 七人
冬真はその場で断らなかった。
代わりに言った。
「七人の名前を見せてください」
鷹取の指が止まる。
「商業施設の七人は、まだ期待値ですよ」
「そっちじゃない。八年間で実際に亡くなった七十三人の方です」
冬真は資料の実死者数を指で押さえた。
「被害を別の場所へ流した記録が残っている人から、まず七人」
「何のために」
「数字だと分からないから」
鷹取はしばらく資料に手を置いていた。それから八年分の死亡記録を開き、転嫁先を照合できる七件を抜き出した。事故の日付はばらばらだった。
七人。
一人暮らしの高齢者。
住民票のない日雇い労働者。
無保険の外国人。
閉鎖病棟の患者。
“社会的損失”の評価が低い人間ばかりだった。
冬真は最後まで読む。
「これ、偶然ですか」
鷹取は答えない。
「モデルがそう出した?」
「救助資源には限界があります」
「質問に答えてください」
「……評価式には、経済損失と復旧困難度が入っています」
冬真は資料を閉じた。
「じゃあ、見ます」
「何を」
「その七人が住んでた場所」
鷹取が初めて、少しだけ困った顔をした。
七人の住所は、地図上ではばらばらだった。冬真はその日のうちに一件目へ行った。古い簡易宿泊所。受付の男は、死んだ日雇い労働者の本名すら知らなかった。
「皆、名字だけで呼んでたよ」
次は閉鎖病棟。三件目は河川敷近くの仮設住宅。
共通していたのは、死んだ後に“大きな機能停止”が起きない人たちだった。会社も止まらない。交通も止まらない。報道も小さい。
冬真はコンビニの駐車場で遅い夕飯を食べながら、資料の“損失最小”という文字を見た。
「最小って、誰から見てだよ」
御厨は隣で唐揚げを食べている。
「それを調べに来たんだろ」
「うん」
怒るのは、その後でいい。
四件目の住所は、既に更地になっていた。死者は無保険の外国人男性。工事現場で働き、事故当時は会社の寮にいた。会社は倒産し、同僚も散っている。
月島が古い入国記録を確認する。
「家族は?」
「フィリピンに母親。死亡連絡はされています」
冬真は少し黙った。
「モデル上、この人の社会的損失はいくら」
「本人単位の値は開示されていません」
「じゃあ計算した側だけ知ってる」
御厨が更地を見た。
「数字にすると、ここ何も残ってねえな」
確かに、現場には痕跡がない。建物も、会社も、同僚もいない。だから“後で問題になりにくい”場所として選ばれたのだとしたら。
冬真はスマホに七人の名前を保存した。調査メモではなく、自分の連絡先メモに。
「何してる」
「忘れたくないだけ」
七という数字に戻さないために。
七人目は、二十一歳の専門学校生だった。深夜の清掃バイトから帰る途中、地下道で倒れた。家族は地方にいて、発見まで時間がかかった。
冬真より三歳下。
「この人まで“社会的損失が小さい”になる?」
月島は答えなかった。資料上はそうなる。扶養家族なし。低所得。重要職種ではない。
冬真は写真を見た。履歴書用らしい、少し硬い笑顔。
「俺も三年前なら、似た数字だったかも」
「そうですね」
「即答する?」
「事実なので」
冬真は苦笑した。
人の価値を数字にするな、という綺麗な話ではない。社会は保険も補償も優先度も数字で動く。問題は、その数字を“誰なら消えても目立たないか”に使うことだった。




