第67話 交換条件
鷹取慧は、想像より普通だった。
三十二歳。
白いシャツ。
薄い眼鏡。
会議室には高級なものが何もない。
「もっと悪そうな部屋かと思いました」
冬真が言う。
「悪そうな部屋とは?」
「黒い机とか」
「趣味が古いですね」
由奈なら笑っただろう。
月島は笑わない。
鷹取は数字を出した。
八年間。
設計介入三十八件。
推定回避死者数、四千六百十二。
実死者数、七十三。
「これが私たちの仕事です」
「七十三人は」
「救えなかった」
「選んだんじゃなく?」
鷹取は少しだけ間を置く。
「結果的に、損失の小さい場所へ流した案件もあります」
冬真は数字を見た。
四千六百十二。
大きい。
簡単に悪だと言えないくらい大きい。
「交換条件って?」
「あなたの残因視を、私たちに貸してください」
鷹取は微笑まなかった。
「もっと救えます」
鷹取の資料は数字だけではなかった。介入しなかった場合の推定被害、実際の被害、避難時間、復旧費。冬真が普段仕事で見る形式とほとんど同じだ。
だからこそ、嘘を探すのが難しい。
「四千六百十二人、全部推定ですよね」
「もちろん」
「盛ってない証拠は」
「第三者監査を入れています」
月島が確認し、頷いた。
冬真は少し困った。悪人なら楽だった。人を救ってきた実績まで本物なら、相手の思想を数字だけで切れない。
鷹取はそんな冬真を急かさない。
「あなたは、全部終わらせられると思いますか」
「今は思ってる」
「若いですね」
「二十四なんで」
「羨ましい」
その言い方だけ、少し本音に聞こえた。
鷹取の会議室には、壁一面のホワイトボードがあった。数式と地図、過去事故の座標。冬真は説明より先にそこを見る。
「それ、事故?」
「仕事です」
「楽しそうですね」
「あなたも同じでしょう」
否定できなかった。難しい異常ほど解きたくなる。その感覚は似ている。
鷹取は冬真の視線に気づき、一本の式を指した。
「被害をゼロにする式はありません」
「だから最小にする?」
「はい」
「俺はゼロ探しますけど」
「見つからなかった時は?」
冬真は答えず資料へ戻った。
そこがこの男との違いになる。まだ答えを持っていない問いを、鷹取は最初から持ってきていた。




