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第62話 切らない

現場責任者は怒った。


 月島は怒らなかった。


 その方が面倒だった。


「久世さん。根拠を言語化してください」


「まだできません」


「なら行政判断には使えません」


「でも俺が切るのは止められます」


「それはそうですね」


 あっさり認める。


 冬真は少し調子が狂った。


 由奈から連絡が入る。


『近隣施設、変なデータ出てます』


「何」


『半径二キロの医療機関だけ、過去三日で停電警報が増えてる』


 冬真の目が変わる。


「一番近いのは?」


『県立こども医療センター』


 白い終了点から、ほとんど見えない細い線が伸びていた。


 商業施設の外へ。


 病院の方向へ。


「これ、終わってない」


 冬真は言った。


「終わった場所を移してる」



 施設側の担当者は、時計を何度も見た。責任者席の後ろには《本日一部営業再開予定》のポスターが貼られたまま。止めれば、従業員もテナントも困る。だから焦る理由は理解できる。


「明日まで閉めた場合、損失はいくらですか」


「推定三千四百万です」


「人が一人重症になった場合は?」


「それは……比較できません」


「ですよね」


 冬真は責める口調にしなかった。金を気にすること自体は悪くない。自分だって給料は気にする。問題は、見えていない損失をゼロ扱いすることだ。


 病院へ伸びる線を見つけた時、白い点の“綺麗さ”が急に別の意味を持った。ここを片付けるため、誰かが別の場所を汚している。


 営業再開を止めた後、施設のテナント責任者たちから質問が殺到した。何が危険なのか。いつまで閉めるのか。補償は誰がするのか。


 冬真には答えられないことが多い。


「今は、再開しない方が安全です」


「“今は”って何時間ですか」


「分かりません」


 相手の顔が険しくなる。


 冬真は逃げずに続けた。


「でも、分からないまま切って別の場所で人が倒れる可能性が出た。だから俺は切らない」


 上手い説明ではない。けれど、自分の責任だけはぼかさなかった。


 月島が横から補償窓口と行政判断を引き取る。冬真が全部説明しようとすると、彼女が小声で言った。


「あなたは安全判断だけしてください。補償まで背負う必要はない」


「助かる」


「役割分担です」


「そういう言い方しかできない?」


「できますけど、今必要ですか」


「いらない」


 二人は病院へ向かう前に、営業停止の連絡を施設側へ引き継いだ。


 営業停止が決まった後、冬真は施設のフードコートを通った。半分だけ閉まった店で、従業員が余った食材を片付けている。数千万の損失という言葉が、急に現実の顔を持つ。


「全部捨てるんですか」


 店員が苦笑した。


「明日までなら使えるのもありますけどね」


 冬真は少しだけ胸が重くなる。止める判断にも損失はある。だからといって切るわけにはいかない。


 月島が隣で足を止めた。


「後悔してます?」


「してない。でも、安くないなって」


「判断には値段があります」


「それ新田課長に聞かせたい」


「たぶん喜びます」


「絶対請求書にする」


 二人は商業施設の出口へ向かった。振り返ると、店員が廃棄箱を運んでいた。病院までは車で向かう。


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