第56話 俺が行く
地下への扉は錆びて開かなかった。
御厨がバールを差し込み、全身で押した。錆びた蝶番が鳴り、冬真の肩に塗料の欠片が落ちる。
「県の施設ですよ」
「人が死ぬ」
「分かってます。開けて」
扉が開く。
冬真たちは地下へ降りた。
壁の配管から水が染み出している。
床はすでに足首まで浸水。
旧制御盤には、七年前の画面が残っていた。
《広域降雨監視 終了》
その下。
《未処理観測 3》
「三?」
由奈が遠隔で画面を見る。
『東京、埼玉、千葉』
冬真の視界で、三本の黒い線が一本へ束ねられた。
「根はこれだ」
御厨が周囲を見る。
「切れるか」
「まだ」
「何が足りない」
冬真は表示を読む。
監視終了。
未処理観測。
終わったのに、終わっていない。
「最後の一回を観測してない」
由奈が息を呑む。
『じゃあ、雨を一回“見届ける”必要がある?』
天井から、最初の一滴が落ちた。
地下は古い鉄と泥の臭いがした。非常灯は一つおきに死んでいる。御厨が先頭、冬真が中央。現場ではその順番を崩さない。能力が特別でも、暗闇で転べば普通に骨は折れる。
御厨が腕時計を見た。
「三分を切った。話すなら歩きながらだ」
冬真の靴が滑り、濁った水が膝に跳ねた。
次の瞬間、地下の照明が全部消えた。冬真は反射的に手すりを掴み、御厨の背中にぶつかりかけた。
旧制御盤の部屋には、壁一面に七年前の運用表が残っていた。日付、降雨量、河川水位。最後の欄だけ空白。
「最後の日、観測ゼロ?」
『廃止当日だけデータ欠損です』と由奈。
「設備止める日に?」
『普通なら最後に確認するはず』
御厨が床の水を蹴って言う。
「普通じゃなかった理由は」
由奈が古い気象記録を開く。
『台風接近。廃止作業を前倒ししてます』
人は急いだ。設備を止めた。最後の雨を見届ける前に。
冬真にはその光景が想像できた。悪意なんてない。ただ工期と天気と人手の都合。怪異はそういう隙間に残る。
「誰も悪くなくても、終わってないものは終わってない」
冬真は制御盤へ近づいた。
だから今、自分が終わらせる。




