第55話 五分で決めろ
五分で三県の優先順位を決める。
冬真は一瞬だけ、目を閉じた。
見えるから怖い時がある。
線が多い。
人が多い。
どこも間違えれば死ぬ。
「東京に救急を追加。埼玉は全員屋内へ。千葉は屋上から離して」
月島の声が通信越しに入る。
「根因未確定です。東京の重症者を優先すべきでは?」
「救命は東京でやってもらう。俺が行く場所は千葉です」
「理由」
「ここを止めれば全部止まる」
「外したら?」
冬真は口を開きかけた。
御厨が先に答えた。
「外した時は俺らが走る。それでいいだろ」
「よくないです」
月島は即答した。
冬真は少し笑った。
「俺もそう思います」
通信の向こうが一瞬黙る。
「だから外さない」
残因は雨量計から地下へ落ちている。
地下の旧制御盤。
そこに、三県共通の記録系があった。
「御厨さん、地下」
「最初からそう言え」
「今分かったんです」
「なら走れ」
残り四分二十二秒。
五分は、考えるには短く、後悔するには十分長い。
冬真は東京の重症者映像を一度閉じた。見続ければ、人数の多い方へ引っ張られる。今必要なのは“どこが一番ひどいか”ではなく、“どこを止めれば全部が変わるか”だ。
「千葉を外したら俺の判断ミスです」
月島は淡々と返す。
「当然です。だから記録します」
「嫌な人ですね」
「仕事です」
御厨が無線機を投げてよこした。
「責任の話は生きて帰ってからしろ。地下へ行くぞ」
冬真は受け取り、濡れた屋上の扉へ走った。
怖くないわけではない。むしろ、三県分の人間が自分の判断に乗ると分かったから怖い。
だから走った。
屋上から階段へ入ったところで、東京側の救急医から直接回線が入った。
『意識不明の一人、体温が下がり続けています。服を替えても濡れる』
「室内でも?」
『はい』
冬真は走りながら、患者の映像を一秒だけ見た。病院のベッド。乾いたシーツの上で、その人の服だけから水が滴っている。
自分が千葉を選んだせいで、この人への直接対応は他人に任せることになる。
「温め続けてください。雨を止めるのはこっちでやる」
『何分ですか』
五分、と言い切りたかった。けれど今の冬真に保証はない。
「四分以内に答え出します」
通話を切る。
月島が通信越しに聞いた。
「五分と言わなかったんですね」
「守れる数字しか言わない」
「それは良い判断です」
「今褒めた?」
「記録します」
「やっぱ嫌な人」
御厨が錆びた非常階段の手すりを確かめ、冬真を先へ通した。さっきの患者の顔を頭から追い出さないまま、冬真は自分の判断を声に出して整理した。
「東京は治療。埼玉は隔離。千葉は根因処理。役割を分ける」
月島が通信越しに聞く。
「一人で全部救おうとしないんですね」
「できないから」
「意外です」
「何だと思ってたんですか」
「自分で見て、自分で切って、自分で確認する人」
冬真は少しだけ黙った。半年前なら当たっていた。
「今もできるならやりたい」
「でしょうね」
「でも三県は無理」
東京側の救急回線を由奈へ渡し、埼玉の隔離判断を月島へ送る。自分の端末には千葉だけを残した。
三つ全部を握っていた時より、画面は静かだった。
その代わり、千葉を外した時に言い訳できる相手もいない。
「千葉は俺が取る」
冬真は階段の下を見た。
防火扉の下から水が染み出している。千葉の根を閉じるまで、もう猶予は少ない。




