↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
54/106

第54話 雨の中の乾いた男

男は排水会社の元社員だった。

死因は急性心不全。

外傷なし。

「また普通に死ねるやつか」

御厨が言う。

「普通に死ねるから面倒なんですよ」

冬真は男の靴を見る。

泥がついていない。

現場はぬかるんでいるのに、靴底まで乾いている。

由奈が古い勤務記録を持ってきた。

「この人、七年前の廃止作業責任者です」

「雨量計を止めた人?」

「正確には、最後に“監視終了”を入力した人」

冬真は屋上の雨量計を見た。

ゼロ。

記録上、この施設ではもう雨を監視しない。

でも設備そのものは残った。

雨が降る。

監視はしない。

結果だけが未処理になる。

黒い線が、雨量計から男の足元へつながっていた。

「濡れなかったんじゃない」

冬真が立つ。

「この人だけ、記録上“雨の外”にされた」

由奈が元社員の自宅へ連絡すると、妻は「昨日まで普通だった」と繰り返した。朝七時十分、「会社から呼ばれた」と言って家を出たのが最後だった。

「誰からの電話?」

「通話履歴には残ってません。会社側も誰もかけていないそうです」と由奈。

原因のない呼び出し。冬真の嫌いな形だ。

「会社じゃなくて、設備に呼ばれた?」

由奈が言う。

「言い方は怖いけど、近い」

雨量計の側面に、七年前の点検シールが残っていた。《監視終了確認》。署名は倒れた男本人。

自分で終わらせた仕事に、七年後呼び戻された。

「こういうの、恨みとかじゃないんですよね」

由奈が言う。

「怪異に感情があると決める方が危ない」

冬真は水の増え方を見る。

「ただ、未処理が残ってる。それだけでも人は死ぬ」

冬真は雨量計の横に残る古い点検票を撮影した。七年前の終業印。その朱色だけが雨に濡れず、妙に鮮やかだ。

御厨が死者の上へシートを掛ける。

「家族には何て言う」

「今は急性心不全。それ以上は調査中」

「恨まれるぞ」

「慣れたくないな」

「慣れるな」

短い言葉だった。冬真は頷かず、点検票をもう一度見た。答えを急ぐことと、遺族を待たせないことは同じではない。そこも仕事の難しさだった。

その時、由奈の携帯が鳴った。

東京で濡れ続けていた十二人のうち、一人が意識不明。埼玉でも二人倒れた。千葉の水たまりが、目の前で一段深くなる。

御厨が時計を見る。

「久世。あと何分ある」

冬真は黒い線の震えを見た。

「五分」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。