第51話 広域資格
広域資格の通知は、朝八時十二分、冬真がコンビニのおにぎりを二個まとめて口に押し込んでいる時に来た。
「食べながら読むと落ちますよ」
向かいの由奈が言った。
「縁起悪いこと言うな」
「じゃあ受かったら何します?」
「家賃九万まで見る」
「昨日八万って言ってませんでした?」
「人は成長するんだよ」
「千円単位で?」
「一万円」
「急成長」
冬真は通知を開く。試験日と、広域案件の実地評価。
机の端に新田が紙コップを置いた。
「受かってから浮かれろ。広域は東京だけ見てりゃいい仕事じゃない」
「分かってます」
「その返事、一番信用できない」
「課長、俺のこと信用してないでしょ」
「能力はしてる。生活能力はしてない」
由奈が吹き出した。
「それは私も」
「何で二対一なんだよ」
言い返す前に、由奈の端末が鳴った。
東京北部。
埼玉南部。
千葉西部。
三か所で同時に、局地的な降雨異常。
気象庁のレーダーには雲がない。
現場写真では、道路だけが濡れていた。
さらに奇妙なのは、雨が止んだ後も、人だけが濡れ続けていることだった。
冬真が画像を拡大する。
画面越しなのに見えた。
三本の黒い残因が、別々の県から伸びている。
行き先は、同じ方向。
「試験、今日からでいいですか」
新田が嫌そうな顔をする。
「そういう時だけやる気出すな」
「普段もあります」
「どこに」
「心に」
「見えねえな」
窓の外では、九月の東京が腹立たしいほど晴れている。由奈が開いた現場映像だけが灰色だ。傘を差した人の肩から水が落ち続け、横を通る車の屋根は乾いたまま。
冬真は机の下の非常用バッグを引き寄せた。半年前は借り物だったヘルメットも、今は自分の名前が貼ってある。
「試験の日に事故って、運いいんですかね」
「不謹慎」
「分かってる。でも現場評価あるなら」
由奈が呆れて笑った直後、東京の映像で一人が膝をついた。
冬真の顔から笑いが消える。
三本の黒線は画面の枠を無視して、同じ方向へ引かれている。
「これ、三件じゃない」
資格試験のことは、その瞬間どうでもよくなった。
現場へ出る直前、冬真は資格通知を印刷して机の引き出しに入れた。
「何隠したんです?」
「別に」
「合格通知?」
「まだ受かってない」
「じゃあ落ちた時用の遺書?」
「お前、朝からずっと縁起悪いな」
由奈は端末を抱えたまま先にドアを開けた。
「落ちたら家賃八万に戻してください」
「そこまで面倒見るな」
普通の朝の続きに、異常災害がある。
その境目が、もう以前ほど特別ではなくなっていた。




