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終わったはずの事故を、俺だけがまだ見ている  作者: YunCang


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50/112

第50話 久世調査員

半年出向の終了日。

冬真は白昼断層関連事案調査室の席を片づけた。

段ボール一箱。

「少ないですね」

由奈が言う。

「私物持ち込んでないから」

「思い出とか」

「データで十分」

「夢がない」

出向中に作った残因兆候チェックリストは、都局の正式試行版になった。

救助者番号0対応指針。

復旧完了時の因果閉鎖確認。

旧記録と現行設備の不一致チェック。

全部、冬真一人の能力を再現するものではない。

でも、冬真がいなくても事故を一つ早く止められる可能性がある。

それで良かった。

真壁が封筒を渡す。

「広域特異災害調査資格。正式推薦」

「試験あります?」

「当然」

「手当は?」

「受かってから聞け」

御厨が横で笑う。

「変わらないな」

「変わったら困る」

会社へ戻る。

受付で新しい社員証をかざす。

久世冬真。

特殊事故調査員。

もう候補ではない。

席に着く前に電話が鳴った。

新規案件。

冬真は受話器を取る。

「東都災害査定サービス、特殊損害調査部。久世です」

以前より自然に、自分の名前を言えた。

出向最終日、調査室のメンバーが小さな送別菓子をくれた。

「半年だけなのに」

「半年で制度三つ増やした人が言う?」

分析担当が笑う。

冬真は箱を受け取った。

箱を抱えてエレベーターへ向かうと、御厨からメッセージが来た。

〈広域資格、落ちたら半年分のコーヒー奢れ〉

続けて由奈。

〈受かったら?〉

冬真は歩きながら返す。

〈主任が奢る〉

三秒で御厨から〈勝手に決めるな〉と返ってきた。

冬真は笑って、封筒から推薦書をもう一度出した。

広域特異災害調査資格。

受かれば扱える事故が増える。手当も増える。自分の名前で止められる現場も増える。

チェックリストは調査室に残した。自分が着く前に誰かが一件止めてくれれば、それでいい。

でも最後の一線まで来た事故は、自分で切りたい。

「……受かるか」

誰に聞かせるでもなく言って、推薦書を鞄へしまった。

三年前は、正社員になれれば十分だと思っていた。

今は、その先の席まで欲しくなっている。

◇ 復旧完了

案件は小さなものだった。

世田谷区の古い雑居ビル。

夜になると、閉店したはずの二階喫茶店だけ照明が点く。

死者なし。

怪我人なし。

異常反応も弱い。

「記念すべき百件目っぽいのに地味ですね」

由奈が言う。

「地味でいい」

冬真は階段を上がる。

二階。

ドアには貼り紙。

閉店のお知らせ。

三か月前の日付。

中へ入る。

テーブル。

椅子。

空のショーケース。

カウンターの奥で、一つだけ照明が点いている。

違和感。

でも怖くない。

冬真は店の記録を確認する。

最後の営業日。

閉店作業をした店主が、照明一つだけ消し忘れた。

翌朝、大家が消した。

ただそれだけ。

なのに“最後の営業を終えた”記録には、消灯確認がない。

「これ、簡単ですね」

由奈が言う。

「簡単な事故もある」

元店主に連絡し、立会いを依頼する。

夜九時。

店主が最後の照明スイッチを押す。

カチッ。

暗くなる。

それでも、冬真には一本だけ見えていた。

スイッチから天井灯へ伸びる、髪の毛ほど細い黒い残因。

「最後、俺がやります」

冬真はスイッチの金属枠へ指を当てる。

断因。

もう大げさな頭痛も、構える時間もいらなかった。

黒い線は指先で静かに切れ、店内の空気が一段軽くなる。

「閉じました」

御厨が聞く。

「本当に?」

「はい」

迷わず答える。

報告書。

因果閉鎖確認。

復旧完了。

冬真は自分の名前を署名欄に入れた。

判子を押すことは、今でも少し怖い。

怖くなくなるつもりもない。

会社へ戻る車の中、東京の灯りが流れていく。

この街では今夜も、誰かが建物を閉める。

電車を止める。

病室の灯りを消す。

事故報告を書く。

ほとんどは、それで本当に終わる。

ごくまれに、終わらない。

その時は、自分の仕事だ。

スマートフォンが震える。

御厨から。

『明日、朝七時。新宿。妙なのが出た』

冬真は画面を見て、ため息をついた。

「早い」

由奈が笑う。

「正社員ですから」

「関係ないだろ」

窓の外で、信号が青に変わる。車が一斉に動き出した。

その夜、御厨からもう一件、短い連絡が来た。

〈明朝の新宿は別班対応になった。招集取り消し〉

〈了解です〉と返して、冬真は推薦書を鞄に入れ直した。

明日は資格通知を確認し、その先の現場に備える。

復旧完了。

その四文字を信用するのは、最後まで見届けてからでいい。

久世冬真は席を立った。

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