第47話 二百七十二番目
二百七十二番目の出口が何を意味するのか。
誰にも分からなかった。
端末は電源を入れても反応しない。
電源を切ると、逆に文字が浮かぶ。
271 / 272。
技術班が分解を提案した。
冬真は止めた。
「今壊すと、何が“未完了”になるか分からない」
御厨が頷く。
八年前、しらせぎの乗員十二名は全員船外へ脱出。
ただ一人、船長だけが最後まで通信室に残った。
救助記録では、船長も海上保安艇に収容。
本人は三年前に病死。
当時の証言が残っている。
『最後に、十三人目がいた』
乗員は十二人。
『そいつが“最後の出口はまだ開けるな”と言った』
十三人目。
顔も名前も不明。
黒い腕時計をしていた。
冬真は手を止めた。
水無月ホテルで自分を最初に外へ出した存在。
同じ可能性が高い。
「レスキュー・ゼロより前にいるやつ」
「仮にゼロより前なら、マイナス一か?」
御厨が言う。
由奈が笑いかけて、やめた。
冗談で済ませるには、端末の数字が不気味だった。
271 / 272。
八年間、一つだけ未完了。
271 / 272という数字を前に、調査室ではすぐ議論が割れた。
「二百七十二番目を探すべき」
「端末を隔離すべき」
「物理破壊すべき」
冬真はどれにもすぐ乗らなかった。
以前なら“未完了なら終わらせる”と考えた。
でも何を終わらせるか分からない状態で操作するのは、北区マンションの頃と同じ失敗になる。
「まず、二百七十一が何か確定しましょう」
真壁が頷く。
死亡者数と同じだからといって、死亡者のIDとは限らない。
座標。
出口。
通信先。
一つずつ意味を切り分ける。
派手な数字ほど、意味を決めつけない。
それも新田に叩き込まれた仕事の癖だった。
由奈が移行データの詳細欄を開いた。座標の横に、旧式の宛先番号が残っている。
技術班の男が一覧を照合すると、二百七十一行は重複のない送信先だった。東京湾上の一行には《しらせぎ/予備回線》とある。
「人の数じゃなくて、配信先の数ですね」
由奈が画面を御厨の方へ向けた。氏名も救助状況も、どの行にもない。
「分かったのはそこまでだ」
冬真は頷く。船の《271 / 272》が同じ宛先を数えているかどうかも、まだ確かめられていない。
◇ 最後の出口
保管ヤードの通信室に戻ると、端末は電源のないまま《271 / 272》を映していた。由奈がタブレットを錆びたラックの上に置き、滑らないよう片手で押さえる。
黒い腕時計の存在は、人を外へ出すレスキュー・ゼロとは違う。
むしろ出口を管理している。
開ける。
閉じる。
冬真は八年前、自分が“最初の一人”になるために外へ出された。
由奈がタブレットの旧宛先表から、東京の駅、地方の病院、しらせぎを呼び出した。冬真の残因視に、三つとも同じ細い線が浮かぶ。
残りの座標へも、古い配信経路に沿って黒い線がつながっていた。二百七十一人の命ではない。各地に送りつけられた「ここが出口だ」という結果だ。
通信室の奥には、それとは別の太い一本が潜っている。
細い線を一本ずつ切る必要はない。ネットワークが同じ「出口」を共有しているなら、つながる根は一つだ。
冬真は非常端末へ手を置いた。
「配信先に残った線を切る。奥の一本には触らない」
残因視が限界まで開く。
黒い線の海の中に、白い一点――終了点が浮かぶ。
断因。
旧宛先表の座標から、黒い線が次々に消えていった。東京の駅、地方の病院、しらせぎへの細い配信線も途切れる。通信室の奥へ伸びる太い一本だけは残った。
端末の表示は《271 / 272》のままだ。この数字の正体を確かめたわけではない。それでも、配信に残った線と、船内に残る一本が違うことは見えた。
水無月ホテルでは、冬真が先に出たという結果が後の救助へつながった。レスキュー・ゼロは、その連鎖を動かした誰かの行動を示しているのかもしれない。
「じゃあ黒時計は、救助の起点を作る?」
由奈が言う。
「たぶん」
「目的は?」
「分からない」
御厨が端末を見る。
「二百七十二番目を開けたら、また全国に広がる?」
「可能性はある」
「じゃあ開けない」
「八年間それで済んでるなら?」
「そう思う」
冬真は数字を見る。
でも違和感がある。
271 / 272。
これは“開けろ”という待機ではない。
何かが一つ、閉じられていない。
「最後の出口を開けるんじゃない」
「何?」
「最後の一つを閉じる必要がある」
水無月ホテルと同じ。
復旧完了なのに、因果閉鎖がない。
少なくとも、しらせぎの通信室には閉じられていない結果が残っている。
数字の最後の一つが何を指すにせよ、今触れるべきなのは、その結果の方だった。




